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岸野雄一プレゼンツ毎年恒例新春オープン・プライス・コンサートに行ってきた(ワッツタワーズ/イ・ラン/VIDEOTAPEMUSIC)

すでに半月以上経ってしまいましたが、1/11金曜日、渋谷のO-WESTで行われた岸野雄一さんのライブイベント「オープン・プライス・コンサート」に行ってきました。

岸野さんによるイベント前夜のツイートはこちら。

こちらのイベント、タイトルにもありますように毎年恒例で、なぜ1月11日なのかと言ったら岸野さんの誕生日なんですね〜。岸野さん、あらためましてお誕生日おめでとうございます!

ライブの出演者&DJは以下の方々でした。

ワッツタワーズ/イ・ラン/VIDEOTAPE MUSIC
DJ:岸野雄一、パク・ダハム

以下、感想を記録します。

目次

開場

18時半の開場と同時に始まったDJはパク・ダハムさんで、韓国ではレーベル運営やイベント・オーガナイズなどもしている方だそうです。後述のイ・ランさんを発掘(?)したのもこの方。

ぼくはどのタイミングだったか、10ccの「アイム・ノット・イン・ラヴ」のカバーが流れてきたのをうっとり聴いていて、あとでご本人とちょっと喋る機会があったのでその話をしたら、どこだったか、アジアのミュージシャンによるカバーだったそうで、「アジアの音楽が好きなんですよね」と素敵な笑顔で言っていました。

話を戻すと、入場後はとりあえずドリンクを交換して、そのまま2階席に行って、初めの2組は2階で座って聴きました。

VIDEOTAPEMUSIC

最初はVIDEOTAPEMUSICで、とても良かったですね。古い映画を字幕付きで見せながら、ある種それとコラボするように音楽を展開していくという。

20代の半ばから後半ぐらい、モラトリアムな気分でじわじわ内心焦りながらも、だらしなくレンタルの映画をただ眺めていた感覚を少し思い出しました。映像も音楽も字幕もぜんぶ目に入ってるんだけど、頭の中では別のことを考えていたその感覚。

VIDEOさん(略称)の音楽はその映像や音や字幕たちがどれも不可分で、映像に導かれるように演奏が流れては演奏に従うように映像が流れて、その絡まり方が不思議でありまた魅力でした。

曲も良かったです。山田参助さんが1曲だけ登場したのも印象的でしたが、とくに最後の2曲? だったか、女子のグループが車に同乗してだらだら歌ってる(なんとかスランバーという)曲、それから最後の、タイトルはフィクション・ゴーンズと聞こえましたが、年配の人たちが楽しそうに踊っている映像のリピート、まるで天国のようですごく良かったです。

イ・ラン

2組めはイ・ランさん。チェロのイ・ヘジさんとのステージで、曲によってみんとりさんやイトケンさんや海藻姉妹の人たちが一緒に演奏していました。

1曲めがたぶん「神様ごっこ」という曲で、それで一気に「なるほどこういう感じか」と全部伝わってくる感じがありました。チェロが入っていたせいか、「誰々みたいな曲」という既存のイメージがあまり浮かばなくて、それに加えて歌詞も内容がちょっと変わっているので目が離せなかったです。

その歌詞、ずっと歌に同期する感じで日本語訳がバックのスクリーンに流れ続けていて、それが良かったですね。歌やパフォーマンスを全然邪魔しないで、でもはっきり内容は読めるという感じで。今までああいう演出のステージを見たことがないのですが、歌詞の内容がわかると受け取れる情報が格段に増えるので、コレ他でもやってほしいなあと思いました。

イ・ランさんは見た目というか佇まいがめっちゃカッコよくて、たしかMCの中で「この衣装は昨日無印で買った」と言ってましたが、「無印にそんなカッコいい服売ってるんかい!」と思うぐらいカッコよかったです。

曲としては「患難の時代」がとくに印象に残っています。最後から2番めの「イムジン河」も良かったですね。「イムジン河水清く〜」の「水」が「ミジュ」と聴こえましたが、これがとても歌の魅力を増しているように感じました。

最後の柴田聡子さんとの「ランナウェイ」という曲(だと思いますが)、マジ最高でした。なんだこれ〜と思いながら最初から最後までずっと酔っ払ったように聴きました。曲も演奏も良かった・・。これは2月に音源がリリースされるようなのでマストバイします。

ランさんと柴田さんといえば、この記事がとても良かったです。2016年の記事ですが、昨日こんな話をしていたと言われても信じるぐらい、こんな感じのステージでした。

mikiki.tokyo.jp

ワッツタワーズ

トリはもちろんのワッツタワーズです。これはスタンディングで見ないと。と思って階段を降りて、前の方に行ったらDJが岸野さんで、そのまま振り付きの歌謡曲DJを楽しみました。しかし気がつくと曲は「ボヘミアン・ラプソディ」になっていて、そのまま岸野さんはステージに移動して、バンドも入ってきて、レコードだったはずの曲がバンド演奏に変わっていて、そのようにしてワッツタワーズのステージが始まりました。

ぼくが初めてワッツタワーズのライブを見たのは2006年でした。そのときのことをブログに書いています。1月12日、ライブ翌日の日付です。

このライブを観に行ったのは、たぶん前年の7月から始まった大谷能生さんのマンスリー・イベント「大谷能生フランス革命」にぼくが半分スタッフ、半分お客さんのような感じで通っていて、その第4回(2005年11月)のゲストとして岸野さんがいらしたことがきっかけだったと思います。

大谷能生のフランス革命

大谷能生のフランス革命

(のちにそのイベントを書籍化したもの。ぼくにとって初めての共編著であり、初めて関わった商業出版物でもありました)

そのフランス革命の帰り道、会場の渋谷アップリンクから駅へ向かう間に岸野さんと少し話すことができて、ぼくはその頃、菊地成孔さんのペン大(音楽私塾)に通っていたのでその話をしたら、だったら映画美学校の菊地クラスの生徒と一緒に何かやってみたら? 場所は美学校の空いてる教室を使っていいよ、という感じのことを言ってもらって、それ以降岸野さんにはいろんな場面でいろんなかたちでずーっとお世話になっています。

2009年

次にぼくがこの新春ライブに行ったのは3年後の2009年で、このときは七尾旅人さんと相対性理論が出ていました。

■OUTONEDISC PRESENTS「FUCK AND THE TOWN」

出演
・WATTS TOWERS(岸野雄一/宮崎貴士/岡村みどり/近藤研二/栗原正己/イトケン/JON(犬)/ヘルモソ)
相対性理論
・ウリチパン郡

DJ
吉田アミ
・SINGING dj 寿子(七尾旅人
・Thomas Kyhn Rovsing (from Denmark)

この回はさっきより力のこもった感想ブログを書いています。

正直、めちゃくちゃ読みづらい上にかなり感傷的な文章なので、ここで紹介するのはウルトラ恥ずかしいですが、まあ当時をこんな風に振り返る機会は二度とない気もするので、勢いで並べておきます。

しかし今思い出しても、このときの七尾旅人さんはすごくすごーく良かったです。ぼくは2階で見ていましたが、これは1階でスタンディングで見てたほうが楽しかっただろうなあ・・と今でも少し後悔します。

とはいえ、このときって相対性理論がブレイクしたちょうどその瞬間みたいなタイミングで、とにかくお客さんがめちゃめちゃ入ってたんですよね・・たぶん岸野さんから相対性理論へのオファーはブレイク前で、それがライブ本番の直前ぐらいでブレイクしてしまって、「え、今このタイミングで相対性理論のライブが見れるの?」っていう状況でこのライブがあったものだからえらい数の人が詰めかけた・・という印象があります。

*いまWikipediaを見たらアルバム『ハイファイ新書』がこのライブのわずか4日前に出ていたようです。
*実際、この日の相対性理論のライブ評はけっこう多かった気も。

なので、その意味では1階で見るという選択肢はあまりなかったのですよね・・。

2012年

次に観に行ったのは、その3年後の2012年でした。

出演
・ワッツタワーズ
岸野雄一(Vo) / 岡村みどり(Key) / 宮崎貴士(G) / 近藤研二(G) / 栗原正己(B) / イトケン(Dr) / JON(犬)/ ヘルモソ(ウサギ))
http://youtu.be/h4udQ_THlS0

戸川純
戸川純(Vo) / 中原信雄(B) / デニス・ガン(G) / ライオン・メリィ(Key) / 矢壁アツノブ(Dr))

・Alfred Beach Sandal
http://youtu.be/lyYvWA_CrWY

・シークレットゲスト ミニライブ:R&R Brothers (ex- Halfnelson)

このときは戸川純さんが出ていましたね。シークレットゲストはスパークスのお二人でした。

Alfred Beach Sandalもすごく良くて、物販でCDを買いました。

しかしこの年はブログを書いていないようです・・なぜだろう?

2013年

翌年も行きました。

OUT ONE DISC presents 「君ともう一段階仲良くなりたいと僕は考えている」

出演
ワッツタワーズ
岸野雄一(Vo) / 岡村みどり(Key) / 宮崎貴士(G) / 近藤研二(G) / 栗原正己(B) / イトケン(Dr) / JON(犬))
http://youtu.be/h4udQ_THlS0

チャン・ギハと顔たち
http://youtu.be/uJf-1Iv16y8

スカート
http://youtu.be/62XacXQlZug

DJ
馬場正道

この年は珍しくトリがゲストのチャン・ギハと顔たちで、ワッツは2番手でした。

最初のスカートも良かったです。終演後に会場の外に出たら、澤部さんがちょうど機材を車に積んでいたので「よかったです」と声をかけた記憶があります。

物販ではチャン・ギハのCDを買いました。

さて、この年にはライブとは別に印象的なことがあって、それは打上げに参加させてもらったことでした。

そしてこの2013年1月11日は、テレビ版scholaの「映画音楽編」の第1回が放送された日でもありました。

しかもその放送がちょうどライブの終演後、出演者やスタッフが打上げ会場に集まった頃に始まるというすごいタイミングで、あれはスクリーンだったか会場の壁だったか、とにかく大きな画面にEテレが映し出されて、皆で岸野さん(のヒゲの未亡人)が坂本さんと喋りながら映画音楽の解説をしているのを見ていました。

ぼくが岸野さんにその番組の元となる企画、CDブック版のscholaに参加してくださるよう連絡をしたのは、いま手元の記録を見てみたら、2011年11月11日でした。偶然ですが、これはぼくが生きている中で一番「1」が並ぶ日です。

その制作は同年末から徐々に本格化して、CDブックは翌2012年4月に校了、5月末に発売されました。

commmons:schola vol.10 Ryuichi Sakamoto Selections:Film Music

commmons:schola vol.10 Ryuichi Sakamoto Selections:Film Music

同書には岸野さんと坂本さんを含む座談会の採録記事(テレビとは別に行ったもの)の他、岸野さんの書き下ろし原稿(収録曲に関する解説)もたくさん掲載されています。これは自慢ですが、その原稿はぼくが編集したんです。岸野さんの原稿を編集する日が来るなんて!

想像もしなかった出来事が次々と実現していました。打上げ会場で見たEテレは、その象徴のような番組でした。

2014年

次にワッツタワーズを見たのは2014年でした。

■恒例・新春オープンプライス・コンサート「エンドロールはNG集!」

出演
ワッツタワーズ (岸野雄一/宮崎貴士/岡村みどり/近藤研二/栗原正己/イトケン/JON(犬))
http://youtu.be/h4udQ_THlS0

No Lie-Sense (鈴木慶一+KERA
http://youtu.be/ZZWnNdho950

ケバブジョンソン
https://soundcloud.com/kebabjohnson/hotpark

DJ
安田謙一 / 川西卓

この年にもブログを書いています。

note103.hatenablog.com

いま読み直して思い出しましたが、この2週間前に大瀧詠一さんが亡くなりました。今だからこんな風に書けますが、本当に大きなショックを受けました。まだそこから抜けきれていない感じが行間から少し感じられます。

その中にも書いたとおり、この年のことでよく覚えているのは、最後のDJタイム安田謙一さんが歌った松崎しげるの「銀河特急」です。めちゃめちゃ良くて、そのときの情景を今でも思い出せます。安田さんはフロアで歌った後、ターンテーブルまで戻って、マイクで「岸野くん! 長生きしようね!」と言っていました。

2019年

そんな楽しさのかたまりのようなイベントでしたが、それから4回分、期間にして丸5年、ぼくはそこから遠ざかっていました。

2014年の1月、安田さんの歌を聴いたすぐ後から、ぼくはscholaの第14巻「日本の伝統音楽」の制作を本格化しましたが、それまで約4年にわたって二人三脚でscholaを作ってきたスタッフF氏が別部署へ異動してしまい、なおかつ同巻は後にも先にもこれ以上ないぐらい作業量が多い巻だったので、このときからぼくはschola以外のことは全部後回しにして、1秒でも余裕があったらとりあえずscholaを作る、という感じになっていました。

とにかく締切りに間に合わない、ということが怖くて仕方なかったんですね。

年末年始は他のスタッフや関係者が皆休んでいるので、遅れを取り戻せる貴重な期間でした。毎年1/11はその集中作業の熱が冷めておらず、そのまま作業を続ける、みたいな感じだったと思います。

でも、そんなscholaも去年の春に発売された第17巻をもって退任することになり、11月からは43歳にして初めての会社員になりました。じつのところ、この年末も普通に編集仕事をしていましたが(フリーの時代に請けていたもの)、それでもscholaの時代に比べれば作業量はずいぶん少なくて、今年はようやく行ける! と思って行ったのが今年のライブでした。

ボヘミアン・ラプソディ」が終わり、いつものオープニングの曲が始まるのと同時に気がついたのは、ギターが宮崎貴士さんではなかったことでした。前回見たとき(2014年)まではずっと宮崎さんだったので、少し意外というか、びっくりしました。でもたしか、平日はお仕事との兼ね合いがあると聞いた気もするので、もしそうなのだとしたら、来年の1/11は土曜なので参加されるでしょうか・・。いずれにしても、またの機会に宮崎さんの演奏を見られることを楽しみにしています。

今回のワッツタワーズの曲目は、すぐに浮かぶところで「歌にしてみれば」「ブリガドーン」「正しい数の数え方」「ミュージックマシーン」「友達になる?」「犬とオトナゲ」「メンバーズ」などなど、いつもの素晴らしい名曲たちでした。

それから、最後の「メンバーズ」のひとつ前の静かな曲、曲名はわかりませんでしたが、たぶん初めて聴いた気がします。これもすごく良い曲でした。

「メンバーズ」の導入部分では、イ・ランさんと岸野さんの即興的な、語りと歌が混ざりながら寄せては返す掛け合いが良かったです。ランさんは必要な音をサッと取りながらけっこうすごい声量で歌うので、まるで何かの楽器で音を出しているかのような安定感というか、安心感がありましたが、全部その場であの気の利いた言葉ごと生成して出力してるんだから驚きです(それも日本語で!)。時に岸野さんが引っ張って、時にランさんが引き戻すようなその駆け引きはとても見応えがありました。

あとは岸野さんの「みんな今日からここで一緒に暮らしましょう!」も聞けましたし(すごい好き)、最後の「君たちがワッツタワーズだ!」も聞けて最高でした。

終演後、パク・ダハムさんのDJを聴きながら物販でイ・ランさんのCDRを1枚買いました。最後に支払うライブのお代は、7,000円にしました。

scholaの編集をしていた頃、「これは何百年も残る仕事だから、自分は重い責任を背負ってるし、全力を注がなきゃいけないし、そうするだけの価値もやり甲斐もある」と思っていました。

だから1秒でも余裕があれば、その時間を原稿の読み直しや書き直しに使っていました。

でも会社員になって、そういう時間の使い方をする必要はなくなりました。会社では決められた時間に最大限のパフォーマンスを出しきることが重要で、それができなければ時間外にいくら頑張っても貢献度は低く、非効率だからです。

これからぼくは、休憩時間や休日には積極的に仕事以外のことをして、その度合いは日を追うごとに増すことになると思います。そうなれば、こうしたライブにももっと参加できるようになるでしょう。

考えてみれば、ぼくが最初にワッツタワーズを見た2006年は、まだscholaはおろか、上記の「フランス革命」すら作り始めていない、まったく何者でもない状態でした。

まあ今だって、それほどの者ではないですが、でもscholaをやる前の自分がscholaをやった後の自分になって、何というか、ちょっと1周したかなという感覚があります。

次の1周には何があるでしょうか? 何をするでしょうか? ワクワクします。そんな年の始まりを、ワッツタワーズのライブとともに迎えられたことを幸運に思います。

人生に無駄なことなんてないとは言うけれど

年末に会社で行われた大掃除はなかなか新鮮だった。そもそも会社員として年末を過ごすのが人生で初めてのことだから、その中でさらに年に一度のイベントとなれば新鮮なのも当然だけど。

大掃除とは言っても、同日午後の途中ぐらいから、手の空いた人から順次始めましょう、みたいなフレキシブルなもので、この風通しのよさがまたヴェルクっぽいと思ったりもするけれど、とにかくそんなふうにゆるく始まった掃除のさなかに目を引いたのが、同僚が手入れをしていた加湿器のフィルターで、こんな感じのもの。

ダイニチ 加湿機交換用 抗菌気化フィルター H060518

ダイニチ 加湿機交換用 抗菌気化フィルター H060518

1本の長ーいフィルターが何重にも折り畳まれていて、それが結果的に分厚いフィルターになっている。何枚もの別々のフィルターを束ねているのではなく、元は1本(1枚)であるというそのことに、どこかにいるはずの名もなき誰かが思いついたのであろうその工夫に、何というか、感心してしまった。

そしてこの1本の何かがジグザグに折り畳まれて1つの筐体に押し込まれているそのさまを見て、なんだかこれ、小腸みたいだなと思った。

それからさらにしばらくして、あれって小腸のようでもあるけど、文章のようでもあるな、と思った。

文章は一般に、複数の行や段落、あるいは節や章が、元々はバラバラだったそれらが積み重なって、構成されて成り立っているように思われがちだけど、実際には1ページめの1行めの行頭から、最終ページの最終行の行末まで続く長ーーーい1行の文で、それが何重にもジクザグに折り畳まれて「本」という筐体に押し込まれているものだと見ることもできる。

というか、今までそんなふうにイメージしたことはなかったのだけど、その加湿器のフィルターのあらわになったさまを見たところから連想が重なって「ああ、文章って、本って、結局1行なんだな」と思ったということ。

そしてそこからさらに連想が続いて思ったのは、もちろんというか、やはりというか人生のことで、人生もまた、生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで長ーーーく続く1行の文のようなもので、これを何重にも折り畳んで、本のようなひとつ所に詰め込んだものがのちのち振り返られる「人生」になるのかなと想像した。

人生を一冊の書物に喩えることは古くから多くの人がしてきただろうけど、本というものを1行の文を折り畳んだものだとイメージしながらそう喩えている人は少ないかもしれない。

そのような前提で「人生」を「本」に置き換えて考えてみると、その書物の1ページめの1行めには、ぼくが生まれたときのことが書かれていて、最終ページの最終行の行末には、ぼくが死んだ瞬間のことが書かれているだろう。

その本の総ページ数が何ページであるかはわからないが、たとえば320ページぐらいだったとして、ぼくが80才で死ぬとしたら、43才〜44才の間にある今は175ページめぐらいだろうか。

となれば、先日の就職は1ページ手前の174ページで、scholaの編集を始めたのは2008年だから132ページぐらいで、趣味のプログラミングに本腰を入れて取り組み始めたのは152ページ(2013年)で、菊地成孔さんの音楽私塾に行き始めたのは(それは人生の転換点だったが)2004年の2月だから116ページ前後だろう。

ヴェルクに応募したとき、ぼくはプログラミングを始めてからすでに5年経っていて、そのことは大きなアドバンテージになったと思う。そもそもプログラミングをやっていなければ、IT企業への転職なんて考えもしなかったか、相当高いハードルだと思って怯んでいたことだろう。

だけどもちろん、5年前にプログラミングを始めたときには、「のちのちIT企業に応募するときに有利になるだろうから」なんて理由でそれを志したわけではなかった。少しは「仕事をしていく上で強みになるかも」ぐらいのことを思っていたかもしれないけれど、それはどちらかと言えば「プログラミングぐらいできないと仕事がなくなる」という危機感のようなものと言った方が近くて、とくに勝算があったわけではなかったし、それより何よりただぼくは、「プログラミングができたらカッコいいよな」とか、「そんなカッコいい自分になりたいな」と無邪気に憧れていただけだった。

ふたたび本のページに喩えるなら、プログラミングをやり始めた頃のぼくはまだ152ページ辺りを歩いていて、20ページ先の174ページ頃でそれが転職に役立つなんてまったく想像していなかった。

人生の本を読むときに、先のページを読むことはできない。できるのは、過去のページをめくることと、先の方で何が書かれているのかぼんやり想像することぐらいだ。

年をとったら視力が衰えるから、今のうちに目を大切にしておこう、あまり目に無理をさせないようにしておこう、と最近ぼくはよく思う。でも、その時が具体的にいつやってくるのか、人生の何ページめから目が見えづらくなるのかはわからない。もしかしたら、視力が落ちる前に事故や病気で死んでしまっているかもしれない。

プログラミングがぼくの役に立ったのは、ぼくが174ページまで生きられたからで、その前に死んでいたら、少なくともそのような役立ち方はしなかった。

人生に無駄なことなんてない、と人は言う。失敗しても、それはやがて何かの役に立つのだと。そうかもしれないが、それが役立つ前に死ぬこともある。

好きな人や物が多過ぎて/見放されてしまいそうだ

と歌ったのは椎名林檎だったか。

いくつもの輝かしい可能性を前に、そのすべてを何度も手に取りながら、そのどれも生かせないという日々を、気がつけばいつものように送っている。

いま趣味や学習につぎ込んでいるこの時間や労力は、人生という書物の何ページ先で返ってくるだろうか? 投資したそれらは、生きているうちに利息とともに返ってくるだろうか?

人生は永遠ではないから、すべての可能性を並行して抱えていくわけにはいかない。一つひとつ、1行ずつ順番に、選んで読んでいくしかない。しかし目の前に置かれた可能性のうち、どれがこの先のページで再び現れるのか、どれがゆくゆく「役に立つ」のかはわからない。

人生に無駄なことなんてない、と人は言う。しかしそのように言えるのは、伏線を無事に回収できた人だけではないか。あるいは回収できなかった人が、自分を肯定するためにそう言い聞かせるのだろうか。

考えてみれば、「のちのち役に立ちそうだから」というだけの理由でそれに取り組むのはなかなか苦しい。ぼくのプログラミングにしても、「お金になるから」というだけだったらここまでは続かなかっただろう。何しろ貴重な睡眠時間を削って、誰に頼まれたわけでもない自分だけのコマンドラインツールを何度も書いては直し続けて、気がつけば朝になっていたりする。そのハマったり解決したりするのが純粋に面白いからやってきた。

伏線など回収されなくていい、未来のページになんか出てこなくてもいい、今はただそれがやりたいのだと、寝ても覚めてもそれをすることしか考えられないのだと、そんなものがあったら幸運だ。そういうものを見つけて、そういうことをしていきたいのだと今これを書きながら思った。

嫉妬をこじらせない

以前から、同世代か年下の世代の人たちが活躍するのを見るたびに、自分が無価値な存在であるように感じられてしまって、その感覚を嫉妬と呼んでいた。

嫉妬はあまり愉快な感覚ではないから、自然に「嫉妬は良くないな」と思ってもいたけれど、これを完全に排除するのも難しいよな、と最近では思っている。

誰か自分より優れた(ように見える)活躍をしている人がいた時、自分が惨めに思えるのは、その相手と自分とを比較しているからで、つまり嫉妬は「比較」から生じていると言えるだろう。

となれば、嫉妬を排除するには比較を排除しなければならないことになるが、比較を排除するということは、「世界記録を1秒でも更新したい」とか、「昨日の自分より少しでもマシでありたい」みたいな向上心をも排除することになってしまう。

向上と比較は不可分で、となれば向上心と嫉妬心もまた不可分というか、それはコインの裏表のように、同じ現象が持つ別の側面なのだと思えてくる。

同世代や年下の人たちに嫉妬を感じるのは、それが自分との比較対象になりやすいからだろう。逆に、年上やそもそも能力がかけ離れたような人に嫉妬を感じないのは、比較対象として認識しづらいからだろう。

(百歳の人の気持ちを想像できなかったり、メジャーリーガーが自分より野球が上手くても当たり前だと思えたり)

嫉妬をこじらせる、という表現が世の中にあるかどうかは知らないが、そのように言える状況があるとしたら、それは「自分の中に生じた嫉妬を認めない」みたいなことだろう。

自分の中に嫉妬が生じたことを認めないということは、実際には自分にそのように感じさせた他人の能力の高さを(あるいは自分がそう認識したことを)認めないということになるけれど、そのようにしても自分の中の不愉快な感情は解消されず、滞留したままだから、その解消のために相手をおとしめるような言動に至る、というパターンがあるように思える。

何かと何かを比較しなければ向上を図ることは難しい。その向上心や比較能力のいわば副作用のようなものとして、嫉妬という現象があるのだと思える。

現実的に困った現象が生じるのは、だから嫉妬という感情自体が原因なのではなくて、嫉妬を隠そう、誤魔化そうとすることに起因するのではないかと思っている。

時々Twitterを見ていると、若く才能ある女性が心ない言葉を浴びせられていたりして、多くの場合それを言っているのは男性だったりするのだけど、ああ、これは嫉妬を受け入れられず、不適切な形で解消しようとしているのだな、と思ったりする。

ちなみに、前提となる概念にズレがあると話が適切に伝わらないので、一応ここで念頭に置いている「嫉妬」を定義しておくと、Macのデフォルト辞書の「嫉妬」の項目に書かれている以下で大体一致している。

【嫉妬】
① 人の愛情が他に向けられるのを憎むこと。また,その気持ち。特に,男女間の感情についていう。やきもち。「―心」「夫の愛人に―する」
② すぐれた者に対して抱くねたみの気持ち。ねたみ。そねみ。「友の才能に―をおぼえる」

しかしこの2番の説明、普通に読むとあまり説明になっていないというか、「じゃあ、〈ねたみ〉って何?」という感じなので、「ねたみ」を同辞書で引くとこうなる。

【ねたみ】
① 他人の幸福や長所がうらやましくて,憎らしいと思う。「仲間の出世を―・む」
② 腹を立てる。くやしく思う。

これも今回念頭に置いている「嫉妬」の内容とほぼ一致していると思う。