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坂本図書のニュースレターでインタビューを受けました

松山旅行記シリーズの途中ですが、タイミング的に今書いておいた方が良いかなと思ったので、本件を挟んでおきます。

坂本龍一さんの蔵書を引き継いで運営されている「坂本図書」という私設図書館みたいな場所があるのですが(公式サイトによれば「図書空間」)、そこが毎月発行しているニュースレター(というかメルマガというか)の中で、「scholaを作っていたときのことを聞きたい」と呼ばれて、インタビューを受けてきました。
www.sakamoto-library.com

このメルマガ(とつい書いちゃうので、以降は「メルマガ」で通します)はべつに毎回scholaの話をしてるわけではなくて、基本的には坂本図書関連のニュースを投げているようですが、少し前から『scholaとは何だったのか?』という不定期連載のインタビュー企画が始まっていて、その第2回のゲストとして呼ばれた感じです。ちなみに、第1回は小沼純一さん。

当日は14時ぐらいからスタートして、17時半ぐらいまで喋っていたのでほとんどscholaの座談会状態。「座談会は3〜4時間やってましたからねえ、明るいうちにスタートして、終わった頃には暗くなってて」なんて話している場がまさにそれ、というメタ的な状況になってました。場所は坂本図書でやったのですが、明るい自然光の中で始めて、終わった頃には放課後の教室みたいな暗さでしたからね・・(伝われ)。

それで、これを書いているのは9/27(土)の夜ですが、ちょうど本日9/27に、その前編が配信されました。前編? そう、これ元々は1回配信されて終わりのはずだったのですが、先述のように延々喋り続けてしまったので、「これ1回じゃ入らないですね」ということになり、前後編に分かれることになりました。メルマガは基本的に毎月27日配信なので、後編は10/27の予定です。

いやいや、そんなの9/27に書いてたら宣伝にならないだろ、これを読んで初めて知った人が間に合わないじゃないか、と思われるかもしれないんですが、そんなことはなくて、次回分が配信される前なら、購読完了時に直近回が自動的に送られてくるので大丈夫です。まあ、10/27以降に登録したらどうなるのか、ということまではわからないんですが・・(調べてない)。

そういうわけで、へえ、そうなんだ、ちょっと興味あるな、という方はよかったら登録してみてください。↑のリンク先のちょっと下に行ったところにメールアドレスを登録する窓があります。

scholaに関しては、これまでもこのブログではそれなりに、けっこう書いてきたつもりでしたが、今回いろいろ質問されてみて、いや全然話してないことばっかりだな、と思いましたね。3時間以上喋って、それでも「ああ、あの話をしなかったな、それなりに大事だったのに」みたいなこともいくつかありました(もう忘れちゃいましたが)。

ぼくがscholaに携わった10年って、自覚的にはあっという間だったんだけど、語り始めるといくら時間があっても足りないというか、そもそも全部話すなんて無理というか。そのぐらい途方もない経験だったんだなと思います。それでも、今回の記事ではそのエッセンスがだいぶまとまっていると思うので、ひとまずはこれを読んでもらうだけでも十分かなと思いますが。

後編の記事はまだこっちに届いてないので、何も確定的なことは言えないんですけど、「あの話は前編に入ってなかったから、後編かな?」みたいなネタはまだけっこうあるので、前編を楽しんでくれた人なら後編も楽しんでもらえると思います。というか、そう思っておきましょう(笑)。

なお、インタビューの聞き手・構成は平岩壮悟さん。なんていうか、「やっぱりプロって違うな」と思わされましたね。「この人がやってくれるなら大丈夫だろう」という安心感・安定感があります。生きてる間にこういう機会に恵まれたのは幸運だったと思います。

松山に行ってきた(3)〜 柳井町 後編・三津浜 前編

RubyKaigi2025に参加するために行った愛媛県松山市のレポート3回目。以前の内容は以下。

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2025/04/19 Sat (承前)

旅先で洗濯

松山には4/15(火)に到着したので、この日、4/19(土)は5日目。4/22(火)に帰る予定なので、あと3泊。

柳井町商店街で出会ったヤマトさんと彼が勧めるベトナム料理レストラン「ハノイカフェ」で食事、お喋りを十二分に楽しんだところまでが前回のあらすじ。食べ飲み終わり、「また滞在中に会おうね!」と言いながら解散。はあ、極端に楽しかった。

のんさんのライブまではまだ時間があったから、ホテルに戻ってコインランドリーで洗濯をした。

・・と簡単に書いてみたが、これが初めての経験。今まではホテルに何泊しようが、洗濯をしたことなんてなかった。しかし今回は先述のとおり7泊8日のスケジュールで、この日数分の服を全部持ってくるというのはさすがにナシというか、そんなことしたくなかったので適当に何着か持ってきただけだった。当然それでは足りなくなるので、いよいよどうしようかと考えたのがこの日の夜で、「じゃあ洗濯してみるか! やったことないけど!」となったのだった。

これまでもホテルに泊まるたび、コインランドリーで洗濯している人を見たことはあったが、自分がそれをするなんて考えたこともなかった。とりあえず洗剤は自動で投入されるらしいこと、必要なのは洗濯物とお金(硬貨)だけだと洗濯機の説明を見て理解した。

その説明によると、洗濯ネットを使うことが推奨されるようだったが、そんなものは持ってきてないので全部じかに突っ込んでいった。そのホテルの洗濯機は2種類あり、ひとつはドラム式で洗濯・乾燥まで一気にやってくれるやつ、もうひとつは乾燥機が別になっていて途中で自分で入れ替えなければいけないやつだった。前者の方がラクなせいかすでに全部埋まっていて、自分で入れ直すやつはまだ2台空いていたのでそっちを使った。料金はドラム式が600円、もう片方は洗濯機が300円で、乾燥機は30分につき100円。自分の量だと乾燥機は60分(200円分)が無難そうなので、合計500円。手間のかかる方が100円安いわけで、まあ、うまくできている。

洗濯機をスタートして、部屋に帰ってシャワーを浴びた。うとうとした頃に、スマホにかけておいたタイマーが鳴ったのでコインランドリーまで行って、洗濯物を乾燥機に入れ替えた。部屋に戻ってまたうとうとする。気がつくと、私はもうかなりくたびれて身も心もダウナーだった。そして、やはりライブはやめるべきだったのでは・・と思えてきた。だって、こんなに疲れてるんだから。今回に限らず、私はいつもこうなる。イベントに行く予定を入れるが、その直前に行くのが嫌になる。重たくて大きな、米俵のような形をした「めんどくささ」が、暴力的に、有無を言わせず私の頭にドスン、ドスンとぶつかってくる。イベントやライブを面倒だと思っているわけではない。そうではなく、イマ・ココから動くのが嫌だと全身で思っている。

ここでぐったり横になったら、さぞかし気持ちいいだろうと思った。のんさんには、すみません、寝ちゃいましたと謝ればいいのではないか。おそらく、のんさんは怒らないだろう。しかし、残念な気持ちにはさせるかもしれない。もしかしたら、人間なんてそういうものだと思わせてしまうかもしれない。それが嫌だった。そうじゃない、たしかに世の中はそういうものかもしれないが、そんなことばかりってわけでもない。遠くのどっかから変な中年男がやってきて、そいつにはまったく似つかわしくない深夜のクラブに、当日急に5千円も払って音楽を聞きにやってくることもある、そんな現実だってあるのだと示したい。

イベントのオープンは22時半。ライブ行きますと伝えたときに、「のんさんの出番は?」と聞いたら1時半ぐらいだと言う。1時半? ということはANARCHYの登場は少なくともその後だから、ほとんど朝までコースじゃん、と思わず笑いそうになったのを思い出した。ああまったく、そんな先のことなんて考えても仕方がない。曲がり角の向こうに何があるかなんて、考えてはいけないのだ。とにかく見えるところまで進めばいい。近くまで行く。そこで自分が何をするのか、何を考えるかなんて、そこに行くまでわからないのだ。

60分が過ぎて乾燥機を開けると、服はちゃんと乾いていた。独特の芳香剤みたいな匂いがするけど、まあOK。それよりも、着替えが一気に増えたのが嬉しい。これができるなら、もう今後の旅行でも大して着替えを持っていく必要はないだろう。その未来が見えたのが嬉しい。

CLUB BIBROS

服を整理して時計を見たら、1時ちょっと前だった。測ったようにちょうど良い。ホテルを出て、歩いてまた大街道の方へ行く。夜の松山、アーケードの下はそこそこ若者が歩いているが、ちょっと外れたアスファルトの道は沈黙と緑の闇に塗りつぶされたような静けさ。エドワード・ホッパーの『ダイナー』のような、人工的な光のコントラストをもっと激しくした感じ。

1時過ぎ、CLUB BIBROSに到着。雑居ビル特有の異様に狭いエレベーターに乗って、いざ7階へ。先に乗り込んだのは男1人+女2人の3人組で、「何階ですか?」と聞いてくれたので7階だと答えたら、「お、同じだ」とちょっと驚いた様子。たしかにどう見ても同じ場所に向かう人間には見えないだろう。大柄な男子から「誰見に来たんですか?」と聞かれたので、のんさんとANARCHYだと答えると「アネーキーって知ってますか? ANARCHYの姉で・・」と真顔で冗談を言い終える前に女性二人が破裂するように「そんなのいないよ〜!」と男の肩を叩いて大きく笑う。つられて笑いながら、これ生きて帰れるのかなと思った矢先にドアが開き、大柄な男子が「どうぞ」と促してくれたので御礼を言って先に出た。どちらが入口かもわからず、首を左右に回して、大音量のする方にカウンターらしきものがあったのでそちらへ向かった。あたり一面薄暗くて、まさに手探り状態。なんとかチケットカウンターにたどり着き、すぐ脇から爆音が漏れてくるのでもうスタッフが何を言っているのかまったく聞こえなかったが、とりあえず料金を払えばいいのだろうとカンで5千円札を出したら、「手の甲を出せ」とジェスチャーをしている。右手の甲を出したらボムッとスタンプを押されて、これがあれば再入場もできると言っているようだった。頷いて中へ入ろうとしたら、いわゆる黒服の人が「スタンプを見せて」とこれまたジェスチャーで示している。いや、そこで押してたの見てたじゃん、と思ったが素直に手の甲を見せたら仰々しく胸に手を当ててお辞儀をして、扉を開けて中に通してくれた。見たことある、こういうの、ZeebraのMVとかで。なんてふわふわ思いながら扉の向こうへすり抜けていく。全部が夢の中のよう。

フロアに入ると、とにかく大音量でいきなり耳が死んだ。でも、しばらくすると心地よくなってくる。ああ、思い出した、たしかにこんな感じだった。20代とか30代、こういうところに来たことがある。もはや音ではなく、空気の波動が直接頬を殴りつけてくる感じ。その荒波に揉まれ続ける感じ。騒音の向こうからDJが流す音楽が何かの信号のようにだけ聴こえてくる。それは体に直接触れる物体として耳に届く。ほとんどマッサージ、または格闘技か。

スタンプを押してもらったときに一緒にもらったドリンクチケットで、ジントニック。フロアの前方と壁付近のソファ席は混んでいるけど、その中間あたりはドリンクを持ってフラフラしている人がけっこういたので自分もその辺に体を置いた。すぐに酒が回って、音楽がさっきまでよりさらに心地よくなってくる。そうだった、こんな感じだったとまた思う。向こうからのんさんがやってきて、お互いの耳元で大声で挨拶。もうすぐステージだと言った後、来てくれた御礼にとドリンクチケットをくれた。

そしてのんさんのライブ。ヤマトさんと話してるとき、「のんさん、ライブだとまたちょっと違う感じですよ」と言っていたけど本当に全然違った。めちゃ声が前に出ていて、発声がその道の人だった。と同時に、のんさんらしさみたいのも醸されていて良かった。誰かの物真似ではない感じ。あっという間のパフォーマンス。まじで尊敬する。

のんさん

その後に地元に根付いたヒップホップクルーUnchaindogs。これも良かった。みんなスマホで動画撮りながら音に体を揺らしてる。そして満を持して、ANARCHY。さっきまで外にいた客も一気になだれ込んできた。スマホの撮影隊もさらに増える。皆のスマホがペンライトのようにゆらゆらとライブを彩っている。予習しておいた新曲が次々と披露される。その間をつなぐ流麗なMC。これがプロの完成度。

ANARCHY。写真だと遠く見えるけど、けっこう近い。

ANARCHYはステージに上がるときと降りるとき、どちらもフロアを突っ切って行くのがよかった。本当なら裏口からステージに上がれるはずだけど、あえて客の間をかき分けていく。事件だ!という雰囲気の演出。盛り上がる。

ANARCHYが終わるとまたグッとフロアの人数が減った。ようやく落ち着いて音楽が聴ける・・みたいな感じになり、もらったドリンクチケットで買ったビールを飲みながら体を揺らす。フロアの後ろの方にさっきまでパフォーマンスしていた人たちが戻ってる。その一人に感想を伝えた。向こうも何かを言ってくれるが、ほとんど聞こえない。多分インスタやってるからそれをチェックしてよみたいな話。何も聞こえないが笑って頷く。DJがまた変わって、良い曲だなと思ったのでShazamで探したら曲名が出てきた。こんなに簡単にわかっていいものなのか。もうすぐ4時というところで気力が切れて、帰る気になった。

フロアを出て、エレベーターに乗って下へ。耳がわんわん言っている。大男に後ろから力強く耳を押さえつけられている感覚。エレベーターに同乗した男子2人組が「俺たち、年取ったら耳どうなってるんだろ・・」なんて言ってるので笑った。こちらを見て「ANARCHY見に来たんですか?」と爽やかに聞いてくれる。嬉しい。ライブ良かったですねと笑い合い、手を振って別れる。

また洗濯

予想していたことではあったが、着ていったものが何から何までとにかくタバコ臭い。若者たち、タバコを介さなければ息ができないのかと思うほど常にタバコを吸っていた。それも、紙タバコ。普段なら部屋にあるファブリーズをかけてハンガーに干しておくだけだが、このままでは寝てる間に受動喫煙で大変な目に遭いそうだったから本日二度目の洗濯。来ていったものをウインドブレイカーから何から全部ナイロンバッグ*1に詰めて、コインランドリーへ。もう午前4時過ぎで誰も使ってなかったから、今度はドラム式に突っ込む。部屋に戻ってシャワーを浴びて、仕上がり予定の2時間後にタイマーを付けて仮眠。

タイマーが鳴ったことにはもちろん気づかなかった。7時過ぎに目が覚めて、慌ててコインランドリーに行くと全部ちゃんと乾いていた。回収したものをベッドの端に広げて、あらためて爆睡。

2025/04/20 Sun

11時頃、目が覚めた。当たり前だが、二日酔いが残っている。クラブで飲んだ量はさほどでもなかった。ジントニック、ビール、スミノフアイス、ビール。でもその前に、ベトナム料理屋でまあまあ飲んでいたから(ビール、蒸留酒のカクテル、そしてビール)、その累積が効いていた。とりあえず、愛媛に来てから今日までの中では一番重い二日酔い。

まあ、仕方がない。「明日のことなんかどうでもいい」と考えてそうしたのだから。それが酒を飲むということ。私は明日を蹴飛ばして昨夜を過ごした。その明日が今日だから、私はいま昨日の私に蹴飛ばされている。どんな目に遭っても文句は言えない。

起き上がって、前日のパン屋で余分に買って冷蔵庫に入れっぱなしにしておいた惣菜パンを食べた。もちろん冷たいけど、おいしい。ふと、昨日までトートバッグに付けていたパレスチナ模様の布飾りがなくなっていることに気がついた。トートバッグにぶら下げていたが、そのトートバッグは昨夜コインランドリーで洗ったので、布飾りはその前に外してあった。その外した後にどこにやったかを覚えていない。思い出そうとしても、記憶がグレーのモヤの向こうに紛れていて、よくわからない。そこで記憶ではなく論理に頼って考え直す。一緒に洗濯したなら、他の洗濯物と一緒にその辺にあるはずだが、そこにはない。ということは、コインランドリーの洗濯機の中に残っているとしか考えられない。

着替えてコインランドリーに向かい、昨夜使った洗濯槽のフタを開けたら、それはあった。薄っぺらい布切れで、裏面が黒くなっているので見落としていた。洗濯槽の内側に張り付いていたそれを剥がして、写真を撮った。

見たことがないぐらい丸まっていた

部屋に戻り、ベッドにばたんと仰向けになり、あらためて今日の予定を考えた。事前の計画はゼロ。外は完全に晴れていた。明日から天気が崩れるようだが、愛媛に着いてから今日までは見事にすべて晴れていた。今日一日、誰との約束もないから、どこに行ったっていいのだが、何も決めていなかった。

とりあえずは、昼飯。何か特別なものを食べたい。Googleマップにブックマークしておいた中で、優先度が一番高いところに行こう。明日死んだっておかしくないのだ。いや、今日の昼飯を食べた直後に死ぬ可能性だってある。最後の食事になってもいいものを食べなければいけない。

日の出食堂

事前にリサーチして、まだ行ってない店がいくつかあったから、そこから絞り込むことにした。とりあえず、昼しかやってない店が優先だと思った。今回の旅ではタイミングが合わなくて、行けないかもしれないと思っていた店があった。山西駅のそばにある、日の出食堂。

majimena.ehime.jp

↑のページもわかりやすいが、自分はやはり(またしても)「愛媛めし」でこの食堂を知った。

www.youtube.com

完全無欠の地元メシ。家族経営で、長年この地域の人々に愛されてきたお店。ここの「中華そば」にしようと決めて、伊予鉄道の高浜線で最寄りの山西駅に向かった。

これまで伊予鉄道は路面電車にしか乗ったことがなかったが、伊予鉄道には普通の線路を走る電車も何本かあって、高浜線もそのひとつ。しかしどこに松山市駅のホームがあるのかまったくわからず、Googleマップを開きっぱなしでも迷いまくった。同じ場所を何度も行ったり来たりして、ようやく電車に乗れた頃には1時半を過ぎていた。

山西駅を降りると、日の出食堂は目の前にあった。おそるおそる中に入ると、2時近くにもかかわらずけっこうお客さんがいて、1〜2人用みたいな小さい席は残っていなかった。店員さんに「一人です」と指を一本立てて示すと、6人ぐらい座れそうなテーブル席に促されたので座った。ざっとメニューを眺めた後、最初から決めていた「中華そば」を注文して、追加で愛媛めしに出ていたおでんも注文することに。じゃがいも、ムール貝、タチ(牛の内臓)、じゃこ天、大根、牛すじ。カウンターに置いてあるおでんのケースの前でタネを言うと、先ほど案内してくれたおじさんが一つひとつ取ってくれる。

おでんを持って席に戻ると、すぐに中華そばも到着。めちゃめちゃ早い。そして、麺を口に入れたら想像を遥かに超えて熱い。普段食べるラーメンに比べて数段熱く感じる。そしていつまでも冷めない。先の動画によれば、そばの上に乗せる具材は鍋焼きうどんで使う鍋で温めているようなので、それも関係しているのだろうか。

いつまでも冷めない

スープは素朴だが、甘みがあって、他にはない不思議な味わい。おでんはタチというのがレバーのようで、新鮮な食感。店内の棚にはお稲荷さんがいくつか乗った皿が置いてあって、客はお店の人に一声かけてそれを取る。私もそれをひとつ食べたいと思ったが、かなり満腹になってしまいそうだったのでやめた。店にはいかにも家族経営の空気が満ちていて、常連さんとお店の人たちがひっきりなしに喋っている。常連さんを含めて、ひとつの家族のようだ。あるいはチーム。あるいは・・やっぱり家族。近くに住んでいる、もう若くはない子供が、親のいる家に帰ってきて近況を報告しているかのような、ほんとにまったく何でもない話が交わされている。私は友達の家で「お昼食べてく?」と出されたラーメンを食べながら、その友達が家族と話している声を聞いているような気分になった。

料金は1,100円ほど。ラーメン1杯におでん5種だから今どきにしてはかなり安い。たしか動画の中でも、意識して価格を維持していると言っていた。御礼を言って店を出て、じゃあ帰るか・・と思ったが、このまま電車に乗ってまた松山市駅に帰るなんて、なんだか馬鹿馬鹿しいと思った。周りを見回したが何もなく、同じ駅から電車で帰る以外のオプションは何も思いつかなかったが、だからこそそれは選択したくないと思った。ラーメンだけ食べに来たのかよ。そういうわけじゃないはずだった。それで駅の前を通り過ぎ、帰り道とは逆方向に歩き始めた。「結局何もなかった」ということになる可能性は高い。それでも、そのまますでに知ってる場所に帰るよりはましだと思った。

三津浜に至る

山西駅から、市の中心地である松山市駅とは逆方向に進んでいくと、一体何があるのか。想像もつかなかったが、「三津」という名前の駅があることはGoogleマップからわかった。とりあえずそこまでは行こうと思った。幸い雨は降らなかったが、海が近いせいか肌寒くなっていた。今回の旅にはウインドブレイカーと薄い上着を一枚ずつ持ってきたのだが、今日は日の出食堂に行くことしか考えてなかったから、Tシャツの上に薄い上着を羽織ってきただけだった。半袖のままよりは良いが、このまま体が冷えたら嫌だなと思った。

山西駅から三津駅へ向かう道中
公民館的な何か
圧倒的固定価格

いくつか目についたものを写真に撮りながら、三津駅に到着した。寒くなってきたし、もういいだろう、電車で帰ろう。と思ったが、宿までにかかる時間を調べようとGoogleマップを開いたら、事前にリサーチしていた三津浜焼き(独自に進化した三津浜ならではのお好み焼き)の店が近くにあるようだった。日の出食堂に行ったばかりだから、今は食べられないが、明日来るかもしれないから、下見として店の場所だけでも確認しておこうと思った。ノープランの醍醐味。散歩の即興的延長。

三津浜焼きの店は三津浜商店街の方に複数あるようだった。商店街は駅の目の前にある橋を渡った向こうにある。商店街の地面は石畳のようになっていて、オシャレというか、ハイカラというか。吉祥寺とか下北あたりにありそうな、若い人がやってそうな今風の店も多い。路地では子連れの若い家族同士で井戸端会議をしていたりする。こんなコミュニティがこんなところにあるなんて。あまりにもさっきまでの町並みと変わっていて、映画のセットに迷い込んだみたい。

事前にチェックしていたのは、「愛媛めし」で紹介されていた「お好み焼き みよし」。

www.youtube.com

じつは「みよし」という名前の店は商店街の入口にもあって、そちらもけっこう有名なようだった。こちらがチェックしていたみよしはといえば、お客さんが一人食べていた。店の前にはなぜかパトカーなどについているぐるぐる回るライトが黄色く光っていて、ものすごく目立つ。これなら次に来ても迷うことはないと安心して、今度こそ帰ろうと思ったが、辺りを見回すと海のすぐそばまで来ているようだったので、せっかくだから海を見ていこうと思った。散歩の再延長。

ラ・ムー

松山に来たら海、とは思っていた。海を眺めてボーっとしながら何か食べたりしたい、と。しかしこれまで一度も海は見ていなかった。昨日のパン屋さんは「伊予灘に行け」と言っていたっけ。結局伊予灘ってどこなんだ。とりあえず海がありそうな方、建物がなく、空しか見えない方に向かってあてもなく歩いていく。砂浜とかはなさそう。漁港とか、船が停泊している港だろうか。実家の近くにもそんな港がある。砂浜みたいなゆったり眺める海ではなくて、どでかいコンテナを積んだどでかい船が行き来する港。ケタ外れにでかいものを見たいならその方が良いが、波の音を味わいたい人にはあまり合わない港。でもせっかく来たので、そのまま行く。大体、こういうところってだんだん関係者以外立入禁止になったりしがちなので、それが見えたら引き返そうと思った。それが近づいてきた感じがしたころ、でっかいディスカウントスーパーが現れた。「ラ・ムー」。

tabelog.com

しばらく人の気配がなくて寂しい気分になっていたから、とりあえず入ってみた。けっこう沢山の人。こういうローカルなスーパーみたいなところで、お土産を買いたいと思っていた。真剣に物色。でも、お土産になりそうなものはなかった。

店を出て、あらためて海の方に行こうとラ・ムーをぐるっと回ったら、人が並んでいるスタンドみたいなものがあって、ソフトクリームやかき氷、たこ焼きなどを販売していた。価格は100円。・・まじか! さすがに安すぎる。空腹ではなかったが、デザートは食べたかった。地元の人の後ろに並んで、ソフトクリームの食券を購入。バニラ、チョコ、ミックスがあり、前の人は皆ミックスを買っていたけど、私はシンプルにバニラ。店でソフトクリームを買って食べるなんて何年ぶりだろう。少なくとも5年は食べてない。いやもっとか。

港のアイススタンド

けっして大きくはないけど、十分な量。ラクトアイスとは全然違うずっしりした食感。普通にうまい(笑)。コーンも柔らかすぎず、持ち手の紙以外全部おいしく食べられた。すごい満足。他のお客さんはかき氷とかたこ焼きも買っていた。途中でたこ焼きが売り切れになって、残念そうに諦めている人もいた。人気店!

100円ソフトクリーム、まじやばいな・・と思いながらあらためて港の方へ。海が見えて、やはり船ばかり。もうこれ以上は行けないかと思ったところで、何か人だかりが見えた。行ってみると、遠く向こうにどでかい客船が見えて、ちょうど出航するところだった。老若男女がそちらに向かって、大きく手を振ったりスマホで写真を撮ったりしている。自分ももちろん釣られて撮った。

何かを眺めている人々

客船からこちらを見ている人たちもいるが、こっちの人はちょっとどうかと思うぐらい真剣に手を振っているのに、船の方から手を振る人は誰もいない。一人ぐらいいてもいいのに、と自分は振っていないがなんだか納得が行かない。しかしこちらの人はとくにそんなことは気にしていないようで、いつまでも全身を使って手を振り続けている。そんな人に、私もなりたい。いずれそのうちに・・。

画本図書館

客船が見えなくなって、いよいよやることがなくなったので今度こそ引き返すことにした。でもその前に、ラ・ムーに戻ってまたソフトクリーム。2個食べても200円! これが貧乏性か。商店街の方に戻り、さっきとは違う道から帰ろうと思った。道の構造はシンプルだから、最終的に駅の方に向かってれば迷うことはないはず。若い人の店だけでなく、見るから〜に味のあ〜る古〜い飲食店も多い。店内で常連さんたちと喋っているのが外まで聞こえてくる。もう飲み始めているのだ。

ふと、まだ通っていなかった寂しげな通りがあったことに気づいたので、そちらに入った。このまま進めばあっちの通りに抜けられそうだな、なんて思ったところで地元の人向けの掲示板が目に留まった。どこにでもあるような、地域のイベントや〇〇教室の生徒募集みたいなチラシが貼られている掲示板。

トタンに目を奪われて半分ぐらいトタンになってしまった

その脇に目をやると、「画本図書館」と手書きで書かれた看板があった。どうも公共のものではなく、有志で作られた私設の図書館のようだった。看板が示す方に目をやると、奥の方にそれらしき建物があり、入口には「開館中」というこれも手書きで書かれたのれんが掛かっていた。何もかもが手作りの雰囲気で、果たして行くべきか、やめるべきか、けっこう迷った。時刻は午後4時過ぎ。もう随分寒くなっていたし、夕食のことを考えたらそろそろホテルに戻って休んでおきたい。「行ってみたけど、興味を惹かれるものは何もありませんでした」ということになる可能性もあった。・・けど、結局行った。1割でも2割でも面白い可能性があるなら、行った方がいい。二度と来れない可能性の方が高いのだから。ひと言で言うなら、「行かないのはもったいない」と思ったのだ。

私道のような敷地をおずおずと進み、「開館中」ののれんをくぐって中を覗いてみると、ラヴェルのような静かなピアノ曲が流れていて、館の管理をしているらしき女性が座っていた。室内には机と椅子、そして本が並んでいた。でも、図書館というほどの量ではない。こんにちはと挨拶をすると、上にも本があるというので靴を脱いで2階へ上がった。果たして、想像の遥か上を行く漫画王国が広がっていた。

(つづく)

*1:RubyKaigiでもらったANDPADのノベルティ。RubyKaigiのノベルティってその旅の最中から使えるものが多いので本当にありがたい。

松山に行ってきた(2)〜 RubyKaigi 2025 後編・柳井町 前編

前回の話はこちら。

note103.hatenablog.com

2025/04/18 Fri

RubyKaigi最終日

RubyKaigi in 松山。あっという間の3日間だった。最終日に見た発表は以下。

最初のやつは毎年恒例のプログラム「Ruby Committers and the World」。普段は世界中にいるRubyコミッタたちが、一堂に会して公開でディスカッションをするというもの。毎回なんの話をしてるのかわかんない上に、英語だから余計にわからない。しかし、だから憧れる。ひたすら圧倒される60分。

ステージ上に居並ぶRubyコミッタたち。ステージ後方には大きなスクリーンがあり、発言中のコミッタが大写しにされている。ステージ上手には進行役のコミッタが立っている。その他のコミッタは全員椅子に着席している。
Ruby Committers and the World

youtu.be

2つめと3つめは今通っているプログラミングスクール「フィヨルドブートキャンプ」の講師というのか、メンターというのか、ようは私に教えてくれる人たちの発表。

Porting PicoRuby to Another Microcontroller: ESP32

4つめの @segiddins さんの発表は内容的にはほとんど理解できなかったけど、ところどころでシニカルなジョークが出ているようでそのノリに好感を持った。

rubykaigi.org

ステージ上手にSamuel Giddinsさん。バックにスクリーン。スライドを写している。
@segiddins さん

最後はRubyのパパことまつもとゆきひろさんによるクロージング・キーノート。真っ暗なステージの真ん中にスポットライト。そこへ徐々にせり上がってくる舞台。よく見るとまつもとさんが立っている、という演出。

youtu.be

1500人超のお客さんは壮絶にウケていた。その後のトークはいつものように、誰でも理解できる言葉で、射程の広い、具体的な話が展開されるというもの。詳しくは動画をどうぞ。

クロージング

最後はオーガナイザー、松田さんによるクロージング。今年の成果をいろいろ紹介して、次回2026年の開催地を発表。

来年は・・北海道、函館!

ということで、次回は北海道の函館。今年と同様に4月後半に行われるようだった。北海道、20歳ぐらいのときにRISING SUN ROCK FESTIVALの第1回に行って以来だな。

大団円

このようにして、3日間のRubyKaigiは終わった。今、これを書いているのはそれからちょうど2ヶ月が経った6月半ばだけど、ほとんどなんにも覚えてない。熱に浮かされたような日々。過ぎてしまえば、何も残らない。でも、それでいい。また来年だ。

3日目の夕食

すべて終わって、会場を出る前に出口付近で知り合いを探そうかなと思ったけど、やめた。ここに来た人たちとは、もう十分に会った。

外に出て、最寄りの「南町」駅を素通りして、歩いて大街道(おおかいどう)に向かった。この日はぜったいに行くと決めていた店があった。その名も「かめそば じゅん」。

kamesoba.jp

かめそばについては前回も紹介したテレビ愛媛のYouTubeチャンネル「愛媛めし」で見ていた。

www.youtube.com

この動画を見れば、味以外のことは大体わかる。というか、もの凄い充実度。

店は大街道の脇の歓楽・風俗街に包含されているので、そこまで行くだけでもけっこう勇気がいる。

「世界に類を見ない焼きそばであって焼きそばでない まるで別物 か め そ ば」と書かれている。
店の前に置かれたメニュー

ガラガラと戸を開けると、まだ19時前というのにけっこう客が入っている。カウンターに着席して、メニューをじっくり眺めてから「生ビール・かめそば・おでん3品・豆腐おでんハーフ」のセットを注文した。2,000円。

生ビールと書いてあるけど、その代わりに同店特製の「健康ドリンク」を注文しても良いようだった。健康ドリンクとは? どうやら梅酒の方式でさまざまな果物等を漬け込んだお酒のようだった。「風味を楽しむのならロックまたは水割りがお薦め 炭酸はあまりお薦めしておりません」とも書かれている。(強調・赤字はメニューのまま)

よくわからないが、ここでしか飲めないようだったので果敢に健康ドリンクの「山桃」を頼んだ。水割りで。女将さんが目の前で作ってくれて、ひと口飲んでみたら梅酒のような感じで、ぜんぜん恐れるようなものではなかった。

おでんは「お任せ」と書いてあったが、女将さんから「何にします?」と聞かれたので、コンニャク・大根・がんもどきを注文すると豆腐おでん(「ハーフ」と書かれているけどデカい)とほぼ同時に出てきた。その直後、こちらも思ったより早く「かめそば」が出てきた。これは大将が奥の「かめそば専用調理場」みたいなところから直々に運んできてくれる。

左から豆腐おでん(ハーフ)、おでん3種盛り、かめそば。
左から豆腐おでん(ハーフ)、おでん3種盛り、かめそば

初めて見る「かめそば」の印象は、「削り節とじゃこの存在感、すごいな」だった。しかし実際に食べてみると、それほど削り節とかの主張は強くない。というか、そばの主張が強いので両者が拮抗している。とにかくそばの歯応えがすごい。それはスジばかりの肉のような噛み切れないという意味での歯応えではなくて、こんなにコシのある麺類、他にあるか? みたいな感じ。そしてたしかに、(メニューにも書いてあるけど)酒のツマミにちょうどいい。

追加で生ビールを注文したら、アサヒ? キリン? と聞かれたのでアサヒを。生ビールも大将の担当のようで、奥のかめそば専用厨房から出てきてビールを注いで持ってきてくれた。千葉から来たんですよと言ったら、「千葉から来てくれるお客さん、いらっしゃいますよ」という。「自分でもかめそば作ってみる言うてチャレンジしてるみたいですけど、あんまりうまくいかんみたいですな」とニコニコしながらまた奥へ戻っていった。

本当はもう少し飲み食いするつもりだったけど、次から次へと新しい客が入ってきて、奥には団体もいるのにご夫婦の2オペでなかなか大変そうだったのでここで退散。2,550円。そのまま宿に戻って、早く寝た。

2025/04/19 Sat

喉が痛い

前日はかめそばで飲んだ健康ドリンクと生ビールだけ、食事もヘルシーだったから、朝はさぞかしスッキリしているだろう・・と思ったが、喉が痛かった。というか、熱かった。私の体調は悪かった。

じつはクロージングのキーノートを聞いている頃から、喉の奥から鼻にかけて何とも言えない腫れを感じていた。風邪のひき始めに感じるようなやつ。それが朝になっても治まらず、むしろ増してきたようだった。幸い頭痛も発熱も鼻水もないから、あまり深刻なものではなさそうだけど、もちろん気分は暗かった。とりあえず持参したトローチで誤魔化してみるものの、何かしら根本的な対応が必要なようだった。

考えられるオプションは、「風邪薬を買いに行く」か「病院に行く」の二択だった。普段なら市販薬で様子を見るところだが、ここは遥か旅の空。しかも、日程はまだようやく折り返し地点を迎えるところだった。この先まだ4日間、この松山で過ごすというのに、この不調が今後も続くなんて、控えめに言っても最悪だ。そもそも感染症とかだったら飲食店に入るのもばかられるし。

さらに言えば、今日は土曜日だから、このまま放置して悪化したら明日は病院自体が開いてない。ということは、病院に行くなら今日しかない。「ああもう!」と言いたくなる。もはや選択肢は「旅先で病院」一択だった。

旅先で病院

とりあえず、Googleマップで近場の内科やクリニックを検索した。やはり土曜という時点ですでにキツイというか、通常土曜の病院は休診ないし午前だけなので、選択肢が限られている。しかもRubyKaigiが昨日で終わって、今日からはプライベートの旅行になるから、私はその数時間後にはホテルをチェックアウトしなければならなかった。ということは必然的に、次のホテルに荷物も移動しなければならなかった。なんというハードモード。

なにはともあれ、病院探しが優先だった。ひとまず滞在中のホテルから歩いて行ける範囲の病院、かつ口コミが程よいところをいくつかピックアップして、その中から最終的に2つに絞り込んだ。片方は13時まで、もう片方の病院は15時まで開いていたので、15時までやってる方にした。患者からすれば遅くまで開いている方が助かるわけで、そのような診療体制にしてくれている方が患者に寄り添った病院なのではないか、と思ったのだった。

荷物一式をまとめてチェックアウトしつつ、大きい荷物はそのままフロントでもう少し預かっておいてもらうよう頼んだ。というのも、たまたま愛媛に来る直前に、以下のYouTubeで「ホテルはチェックイン・チェックアウトの当日なら荷物を預かってくれる」という豆知識を得ていたのだ。(1個目のTIPS。1:00辺り)

www.youtube.com

これ、知らなかったらこの後大変なことになるところだった。関西弁CA Ryucrewさん、ありがとう。

簡単な手荷物だけを持って、あらためてさっきチェックした病院へ向かう。15分ほど歩いたところに、そのレトロで可愛らしい病院はあった。中に入ると比較的空いていて、すぐに看護師さんからの問診。いつから、どんな症状かと聞かれるままに話したら、奥から先生が颯爽と登場して、「念のため検査しておきましょうか」と言われ、流れるようにコロナ・インフルの抗原検査へ。

ほどなくして結果が出て、陰性。あらためて喉を診てもらって、「扁桃腺の腫れとかはないから」と、トローチや痛み止めなどをもらい、喉のケアの仕方などを教えてもらった。考えられるかぎり、最も良い結果だった。市販薬で様子見とかしなくてよかった。先生も看護師さんも薬剤師さんも親切で、「いま旅行中なんです」と言ったら、「不安になったらいつでも電話していいから」と先生が言った。泣くかと思った。

銀天街商店街

ホッとしたらお腹が減ってきた。次のホテルは銀天街を抜けたところ(松山市駅のすぐそば)にあったので、その場所を確認がてら、買い食いできそうな店を探して銀天街をブラブラ歩いた。いかにも昔ながらのパン屋さんがあったので、クリームパンとお好み焼きパンというのを買った。パンを選んでるとき、常連らしいお客さんと店員さんの会話が聞こえた。
 
店員「このパン、値段がおかしぃんよ。普通、70円のパンが2つなら140円やろ? でもこれ、2個セットで170円なんよ」
お客「そりゃおかしいなぁ……」
店員「やろ? でもこっちで勝手に直してええんかわからんけん、そのままにしとるんよ」
 
お金を払うときに、観光で来たのだとその店員さんに言ったら、伊予灘の方に行ってみたらええよ、海が綺麗やし、魚もおいしいから、と教えてもらった。しかし後からGoogleマップで検索しても、それがどの辺のことで、どのように行けばいいのかもわからなかった。

パン屋を出て、近くのドトールでアイスカフェラテを買った。そして商店街の途中に置かれていたベンチで遅めの朝食にした。ベンチを置いている商店街は、人々が本当に何を望んでいるのかをちゃんとわかってる。沖縄の国際通りの商店街にすらそのようなベンチはほとんどなかった。銀天街、いつまでもそこにいたかった。

落ち着いたところで元のホテルに戻り、重い荷物をピックアップして新しいホテルまで運んだ。歩いて15分ほど。チェックインまではまだしばらく時間があったから、荷物を預けてまた散策の続き。さっきの病院の近くに、なんだかすごく気になるポスターがあったのだ。

柳井町商店街

ポスターが掲示されていたのは、柳井町商店街というところだった。大街道から少し南に下ったところにある。あらためて眺めてみると、そのイベントは5/3と5/4に開催されるようだった。若い人、頑張ってるなあと完全に中年の目線で感心してしまった。

マサラタウン@柳井町商店街
マサラタウン@柳井町商店街

ふと辺りを見回すと、オシャレなコーヒーハウスみたいのとか、古着屋とかがあちこちにある。そしてこの辺、なんか知ってる気がするな・・と思った。たぶんあれだ、「愛媛めし」で見たやつ。

youtu.be

このとき私が立っていたのは、その動画の14:25頃から出てくるケバブ屋さんと古着屋さんがある辺り。その場でスマホのYouTubeを立ち上げて、あらためてその動画を見直してもまだよくわからないぐらいわかりづらいところにその店はあった。ようやく「あ、ここか」と入口を見つけて、じゃあ行ってみるか! と思うのと同時に、いやちょっと待て、と何かが自分を押しとどめた。

まだパンを少し食べただけだから、ケバブを食べるにはちょうど良い。時間の空き方もぴったりだ。しかし、向かう先はまごうことなき若者文化で、あんまりにもアウェイだった。自分の半分ぐらいの年頃の彼らと、いったい何を話したらいいのか? とかなりびびっていた。誰も私を歓迎などしないのではないか? そんな臆病風がビュンビュン体に吹きつけてきて、動けなくなってしまった。

しばらくじっくり考えて、自分には選択肢が二つしかないと思った。進むか、もっと進むかだ。仕方ない。他にやりようがない。私は店に通じる暗い路地に入っていった。

実際はもっと暗い

REMY KITCHEN と MYCLO

路地を抜けると、動画で見たとおりの小さなケバブ屋「REMY KITCHEN」があり、年若い店主がカウンターに座っていた。上の古着屋さんはやってますか? と聞いたらやってますよ、と教えてくれたので、御礼を言って2階へ上がった。

なぜ先に古着屋に行くのか? 服が欲しかったんだっけ? いや、欲しかったわけではない。ほんの数分前まで服のことなんて微塵も考えていなかった。そもそも古着屋なんてまったく馴染みがないし、先述のとおりそういう若者文化には恐怖感すらある。それでもなぜ初めに古着屋に行こうと思ったのかといったら、それはもうあらかじめ定められたことだと思ったからだ。いや、スピリチュアルな意味ではない。神様がそう思し召しくださったとかいうことではなく、単に「たまたま『愛媛めし』で見たから」と言ってもいいのだけど、それはそれでちょっとずれるからこんなまどろっこしい説明をしている。

ここで私が事前にまったく考えてもいなかった古着屋さんにまず行こうと思ったのは、「その店を以前に動画で見ていたから」であり、同時に、「これまでの自分からはかけ離れた場所だから」でもあった。つまり、既知と未知が半々ぐらいの場所。こういう事態に遭遇したとき、私はこれが「用意された偶然」だと感じる。あるいは「未知の必然」と言ってもいい。ああ、やはりスピリチュアルっぽいかもしれないが、このように未知で、その後の展開がまったく読めない場所でありながら、何かひとつでも自分とのつながりが感じられるところであれば(たまたま以前にYouTubeで見たとか)、それは偶然を装った必然なのではないか? と思えてくるのである。

で、どうせ行くならまずは最も自分からかけ離れた古着屋の方から行こうと思ったのだった。どんどん未知の領域へ踏み込みながら、このまま行っていいのか、引き返すなら今だぞ、とまた自分が自分に言う。しかしその声を聞きながらも、足はズンズン先へ進んでいる。廊下の突き当たりにうっすら明かりが見えて、あれかなと思ったら入口がフワッと開いて、古着屋の主人が迎えてくれた。

古着屋「MYCLO」の主人はのんさんと言って、自分より20は若いと思うが、それを感じさせないおおらかさ。YouTubeで見たんですよと伝えたら、「あったあった」とその取材が来たときのことを思い出されて、しばらくおしゃべり。動画でも話していたけど、大の古着好きで、それが高じてお店になってしまったという。気楽に着れるTシャツがほしいと言ったら、奥から手頃なものを探してきてくれた。その後もいろんな服の値段、その背景など解説してくれて、何を聞いても新鮮だった。

買った服を持って、ケバブ屋さんへ降りていった。お酒も置いていたからカシスソーダとケバブサンドを注文した。ケバブは甘口&辛口のミックスソース。YouTubeで見たんですよ、とここでも話しながらちょっと店の脇を覗くと、中庭みたいな、その建物全体の共有スペースがある。椅子も置いてあって、すでに若者の先客が何人かいたけど、居心地が良さそうだったから混ぜてもらうことにした。

カシスソーダ

外で食べるケバブサンドは肉が香ばしくておいしかった。カシスソーダもしっかり酔った。中庭の先客たちはケバブ屋の店主(ヤマトさんと言った)とも古着屋ののんさんとも顔馴染みのようで、皆20代前半、というか10代の人もいた。思い思いに飲み食いしながら、彼らがバイト先の話をしているのをぼんやり聞いた。後からヤマトさんとのんさんも合流してきて、その小さな中庭で、やわらかい日差しを浴びながら、何も起こらない時間を過ごした。音楽なんかかかってないのに、ずっと音楽を聴いているようだった。

今日の予定は? とヤマトさんが聞くので何もないと言ったら、「じゃあ飲み行きましょうよ」と言う。いいですね、とLINEを交換しながら、のんさんは? と聞いたら今日はライブのリハがあるから駄目なんだという。ライブって? と聞いたらのんさんは古着屋の他に音楽もやっていて、深夜に近くのクラブで行われるイベントに出演するのだという。しかも今夜はスペシャルゲストでラッパーのANARCHY(アナーキー)が来るという。ANARCHY、自分でも知ってるぐらい有名なラッパーだ。

思わず「じゃあぼくも行こうかな」と言いたくなったが、そんな調子のいいことを言って、後からキャンセルしたら申し訳ないじゃないかと思って我慢した。ヤマトさんは19時頃に仕事が終わるから、そのときにまたLINE入れますから、と言った。

クラブの下見

ホテルに戻って、少し昼寝をするつもりがのんさんのライブ情報やANARCHYの新譜などをググっているうちに夕方になってしまった。どうやらANARCHYはニューアルバムをリリースしたばかりで、そのプロモーションの一環としてここ松山まで来るようだった。東京でも見に行ったことがないアーティストのライブを、旅先で見るなんて面白い。これもANARCHYがツアー中でなければ、私が松山に来ていなければ、そして私がのんさんと出会っていなければ、決して起こらなかったことだ。この円環を完成させるために、あと必要なことがあるとすれば、それは私がそこへ行くことだけだ。そう考えると、もうじっとはしていられない。ヤマトさんから連絡がある19時までゆっくりしているつもりだったが、その前にクラブの場所を確認しておこうと思って、早めに出た。

会場のCLUB BIBROS(クラブビブロス)は大街道から近いところにあって、予想どおり、いや思っていた以上に近寄りがたい場所だった。この辺は風俗街が力強く根を張っているので、そこから漂う闇の雰囲気が普通に怖い。そこいら中にある「無料案内所」からは違法な客引きを警告するアナウンスが爆音で流れていて、そのアナウンスのおかげで強引な客引きができなくなっているのはわかるのだけど、その音量の異様なデカさが「そこまでしないと防げないのか」と余計に怖さを引き立たせる。

クラブの場所や入口を確認して、逃げるように大街道に戻った。異様に幅広い道が煌々と照らされているアーケード街にほっとする。ふと向こうに目をやると、RubyKaigiの初日から掲げられていたのであろうバナー(横断幕)がアーケードにたなびいている。

大街道に掲げられているRubyKaigiのバナー

私はいつも、「本当はやりたいけど、怖くて踏んぎりがつかない」というときにやることがある。それは、「とりあえず、その近くまで行く」ということだ。「実際にやらなくてもいい、とりあえず近くに行くだけ」と自分に言う。それは自分を騙すような意図ではなく、本当に文字どおりの意味だ。実行するのでもなく、やらないと決めるのでもなく、ただ「もう少しよく見てみる」ことをする。それなら怖さも最小限だ。ただ見てるだけで、こちらから何も働きかけなければ、向こうもこっちに襲いかかってきたりはしない。だって、見に行くだけなんだから。そして実際に近くまで行ってみると、大抵の場合、恐れていたそれは全然怖くなかったことがわかる。なんてことだ、危なかった、近くまで来なかったら、自分はこんなに大したことないものを、ずっと怖がったまま死ぬところだった、と私は思う。恐怖というのは、遠近法とは逆の見え方をするものだ。つまり、遠くから見るほど大きく見える。

会期が終わってもなお、アーケード街にたなびくRubyKaigiのバナーを眺めながら、私はやっぱり行こう、ライブ、と思った。のんさんにもそう伝えて、退路を断った。

ハノイカフェ

19時を過ぎて、ヤマトさんからLINEが入った。どこにいます? と言うのでこの辺、と伝えた。中庭で話したときに、「どこに行きましょうか、何か希望ありますか?」と聞いてくれたので、ヤマトさんがよく行くところにしましょうよと言ったら、じゃあいつも行くベトナム料理屋があるからそこに、という話になっていた。大街道の中にベトナム料理屋があったから、そこかなと思っていたけど全然違って、脇道に入って、そのままさっきの「無料案内所」が立ち並ぶあたりもズンズン突っ切って、え、こんなところに、と思うところに突然現れたのが「ハノイカフェ」だった。

hanoi1999.com

自宅の近くにもいくつかベトナム料理屋があるので時々行くが、大体現地の人が片言の日本語で頑張って経営している感じで、そういうところかなと思ったが全然違って、日本人のシェフや従業員が何人もいるゴージャスな店だった。メニューも豊富で、すでに沢山の客が入っていた。とりあえずベトナムビールの333(バーバーバー)、次に蒸留酒ルアモイを使ったカクテル、そしてサイゴンスペシャル(缶)を飲んだ。

料理はすべてヤマトさんに任せて、パクチーのポテサラ、鶏肉のロースト、グリーンカレーなど。そして尽きないおしゃべり。年齢の話題になって、来週50歳だと言ったら「マジで??」と驚かれて、「うちの親より上ですよ」と言う。「親より上」は初めてかもしれない。ヤマトさんの地元の話、好きなもの、人、これからの展望というか、こんなふうになったらいいなみたいな話も聞けた。心が湧き立つ。音楽も漫画もアートも、教えてもらったものは何ひとつ知らなかった。でも、それでいい。いや、それがいい。

 
(つづく)

松山に行ってきた(1)〜 RubyKaigi 2025 前編

毎年4〜5月頃にRubyKaigiという国際的なITカンファレンスが開催される。ここ数年連続で参加しているが、今年もそれに行ってきた。

rubykaigi.org

RubyKaigiは毎年全国のさまざまな地域を持ち回りのように巡っていく。昨年は沖縄。一昨年は長野の松本。そして今年は愛媛県松山市。

会期は4/16〜4/18の3日間で、曜日で言ったら水木金。だから土曜は一日観光して日曜に帰る、なんて人も多かったかもしれないが、私は月曜まで滞在して火曜に帰ってきた。4/15(火)に出発したから、7泊8日。これだけの期間になると、さすがに会社のメンバーにも負担をかけるから、6泊にするか、7泊にするかではけっこう悩んだ。常識的に考えたら、せいぜい6泊だろ、みたいな。しかも松山である。松山で7泊もして、何をするんだ? とは自分でも思った。だったら無難に6泊だろう。そうも思ったが、過去の経験から考えたら、長ければ長いほど絶対に良い。最後の1〜2日は「もっと長くいたかったのに」と必ず思うからだ。松山に一体何があるというのか。まったくわからないが、長ければ長いほどいいことはわかってる。だから7泊にした。

2025/04/15 Tue

初日のメインイベントは飛行機。乗り慣れてないという以前に、とりあえず起きられるのか、というところから緊張する。何しろ朝に弱い。結局、普段仕事をしているときと同じぐらいの時間に起きて、最寄駅から昼前に出る電車に乗って旅のスタート。

千葉から東京駅を過ぎて、新橋で乗り換え。気がつくといつも新橋で乗り換えている気がする。モノレールに乗り換えて羽田へ。ここら辺から、普段あまり見かけない種類の人々、出張とか旅に慣れたふうな人々が増えてくる。それでまた緊張する。というか、このモノレールの駅ではいつもどこに並んだらいいのかよくわからない。なんとなく様子を見ながら空いてそうなところに乗り込んで、座って空港まで。

空港には十分な余裕を持って到着した。検査を抜けて、ひたすら待機。途中でアナウンスがあり、出発が遅れるという。その日は物凄い強風だったので、そのせいかと思ったらそうではなく、乗る予定の機体が羽田に遅れて到着したからだそうだった。*1

14:20発の予定が14:35になって、ようやく搭乗。ぼーっとしているうちに松山空港に到着。16時過ぎだった。空港に着いて最初にすべきことは何か。友近の動画を見ていたから知っていた。じゃこカツを食べる。(以下の動画の1:25ぐらい)

youtu.be

空港にはオレンジジュースが出てくる蛇口もあったけど、1杯400円だった。たっかー。というかこれ、無料じゃなかったっけ? ということでジュースはパス。

じゃこカツはいかにも正解だったが、そこでふと気がついた。空港から市街地までどうやって移動すればいいのか、ぜんぜん調べてなかったことに。さらに後から気付いたところでは、その少し前に運営から届いたメールにシャトルバスの情報があったのだけど、それもすっかり忘れていた。

とりあえず空港1階のインフォメーションに行ってカジュアルに聞いてみると、市街地までのスタンダードな足はリムジンバスだという。自分が目指す大街道(おおかいどう)なら980円とのこと。たっかー。じゃあ、ローカルバスなら? と聞いたらそれならもっと安いけど、時間がかかるよという。たしか660円ぐらい。けっこう悩んだが、そもそもリムジンバスってあまり本数がないので、それを待っていたら結局ローカルバスと変わらない。ということで、ローカルバスで市街地まで。なんだかんだで30分ちょいぐらい乗った。

大街道の停留所に着いて、歩いて数分のところにあるホテルにチェックイン。予定が詰まっていたのでさっさと部屋に行きたかったが、思いのほか時間がかかる。決済はフロント脇のマシンで半ば自動的にできるのだけど、フロントの人から説明されるチェックインにあたっての注意事項みたいのがえらい長い。この辺なんとかならんのか、といつも思う。各社共通にしてもらって、差分だけ説明してほしい。

ようやく部屋に入り、息つく間もなくすぐ外出。この日は通ってるプログラミングスクール「フィヨルドブートキャンプ」の懇親会があったのだ。このスクールは皆オンラインで全国各地に散らばって勉強しているので、直接顔を合わせて話せる機会が超少ない。だからみんなが集まってるこのタイミングで懇親会をやってもらえるのは超ありがたい。たしか20人ぐらい集まっていた。

ちょっと遅れて会場に着いて(たしか18時集合)、サワー、ビール、サワーというジグザグ飲みで4杯ほど。普段はそんなに飲まないが、人と喋りながらだと進んでしまう。料理も良い感じ。店は以下。

tabelog.com

店を出てからもしばらく雑談。初めての人、久しぶりの人。雑然とした雰囲気に、始まったな〜、という感じになる。まだしばらく残ってそうな人もいたけど、自分は早めに退散。タバコの煙もつかなかったし、良い飲み会だった。滑り出しは好調と言わざるをえない。

ホテルに戻り、自宅から送っておいた荷物をフロントでピックアップ。数日分の着替えとか、わざわざ飛行機で運ばんでも・・みたいなやつをダンボールに詰めて送っておいた。着替えを出して、シャワーを浴びて、早く寝た。

2025/04/16 Wed

RubyKaigi初日。例のごとく、けっして早くはない時間に起きる。8時半頃とか? ホテルから会場までは、微妙に遠い。ホテルの最寄りは伊予鉄道の路面電車の「大街道*2」駅。会場の愛知県民文化会館の最寄りは「南町」駅で、電車なら10分程度だけど、歩くと20分ぐらい。安全に倒すなら、時間を見積もりやすい歩きで行くんだけど、なんとなく冒険心が芽生えて路面電車にチャレンジすることに。ただでさえ間に合うか微妙なのに、なぜかやる気になってしまった。とりあえず、料金をどう払えばいいのかもわからないのでそこから焦ってくる。電車が来るのを待って、他の人が乗るのを見ながら真似して乗り込む。どうやら乗車時には何もしなくていいらしい。4駅目の南町で降りるときにApple WatchをICカードのパネルにタッチして下車。無事に降りられた。

今回、このApple Watchには本当に助けられた。これがなかったら、この初めての地での電車やバスの乗降はかなり面倒だったはず。Apple Watch、Suicaと紐づけるのはかなり面倒だった記憶だけど、やっておいて良かった。

ちなみに、このときはまだ気づいてなかったが、この路面電車は何駅乗っても一律210円だった。わかりやすい。だから、遠くまで乗るほどトクで、短く乗るほど損ということになる。たった210円だが、この損得勘定がこの後の移動にけっこう効いてくる。「このぐらいなら歩いた方が・・」みたいなことを幾度となく考えた。

初日の午前の発表

会場に到着すると、もう最初の発表が始まるところで、急いで受付を済ませてネームカードを書き殴って首に下げてからメインホールへ。最初の発表はいまいずみさん。

rubykaigi.org

イベントの一発目で、他に発表はないから来場者のほとんど全員が見るやつ。いわゆるオープニング・キーノート。いまいずみさんは松山出身で、Ruby界隈のホープ。内容はいずれ↑のリンク先に動画が出るはず。

発表は文字コードとかの話で、本来けっこう難しい話のはずだけど、噛み砕いて丁寧に構成されていたので最後まで面白く聞けたし、そこそこわかった気ぃすらした。メインホールのステージ上、最初に閉まっていたデカイ緞帳(どんちょう)がぐわーーっと上がるといまいずみさんがいる、という演出が良かった。まさにつかみはOK。松田さんのアイデアなのかなあ。

初日のランチ

午前はその後に2本の発表があったけど、スキップ。とりあえず地元の店で何か食べる、というのをやりたかった。いくつか事前にリサーチしていたものから、ちょっと離れているけど松山駅の方にあるニューポカラへ。

tabelog.com

今やインド・ネパール料理屋は全国どこにでもあるけど(たぶん)、ここのメニューはどうも一線を画す感じだった。思ったより早めに着いたけど、すでに地元の人で店内は満席。テラスでもよろしければ・・と言われたのでテラス席へ。ちょうど春めいた気候で、むしろ満席の店内よりテラスの方が心地よい。隣はサラリーマン二人組で、ゴルフの話なんかしている。自分が子供の頃にスターだったプロゴルファーの話をしていて(尾崎三兄弟とか)、思わず混ざりたくなる。

オーダーはベジタブルカレーとサグチキン(ほうれん草チキン)の2種類とナンのセットにした。「ナンにバターは塗りますか?」と聞かれて、塗らない選択肢があるのかと驚いた。一応塗ってもらう。アチャールも置いていたので、それも頼んだ。アチャールはインドのピクルスみたいなやつで、カレーよりも辛かったりするやつ。店によって味も食材もぜんぜん違うので、置いてあったら大抵は一緒に頼む。今回のアチャールも見たこと、食べたことのない味で、アボカドのようだけどもっと歯応えがある。後から聞いてみたら、アボカドではなくマンゴーだという。え、マンゴーってこんな味なのか。いつもそうするように、ナンで挟んで食べてみた。ナンで挟むとおいしいよ、と教えてくれたのはうちの近所でやはり本格的なカレー屋をやっているネパールの人。アチャールはナンで挟むとおいしい。

料理を待っている間にも次々と客が来る。近所のサラリーマンのグループが多い。「ここうまいんだよ。あ、混んでるな・・入れるかな」とか言って店内に様子を見に入り、諦めて帰っていく人も多い。かと思えば、タイミングよく入れ替わりで入れる客もいる。いずれにしても、地元の人ばかりだ。期待が高まる。

果たして、提供された料理はどれもおいしかった。食べているうちに辛さにも慣れて、もう少し辛くても良かったと思ったが。辛さは0.5ポイント単位で選べて、お店のオススメである1.0の中辛にしたが、1.5とか2.0の辛口でもいけたと思った。ナンがドデカくて、ぜんぶ食べられなくもなかったけど、無理をするとその後の食事に影響しそうだったから少し残して包んでもらった。これはホテルの冷蔵庫に入れて、翌日の朝食にした。

初日の午後の発表

会場に戻り、発表の続きを見た。このあたり。

はからずも、日本語の発表ばかりになってしまった。今回の来場者は1,500人超。その少なからぬ割合が海外からの来場者で、発表も半分近くが外国の人による英語の発表だったから、自分の中では英語の発表を生で聞けるというのも大事な要素だったんだけど、まだ初日ということもあり、あたふたと移動しているうちにそんな感じになってしまった。あと会場、今回は3ホールあって、どこにどのホールがあるのか、この段階ではまだよくわかってなかった。メインホール・サブホール・パーラールームというのがあって、その中のサブホールというのが結局この1日目の時点ではどこにあるのかわからなかった。(その後にあちこち迷いまくってようやく見つけた)

初日の夕食

初日の最後の出し物である「TRICK 2025」という発表(というかコンテストの発表会)をメインホールで見終わって、期間全体を通して最大の懇親会であるオフィシャルパーティーへ向かった。じつは今回の旅行ではなるべく懇親会のたぐいには参加せず、自分が行きたいところで夕食を取る作戦にしていたが、このオフィシャルパーティーは参加者の大半が参加するのと、毎回趣向を凝らして地のものを取り入れてくれるので、前日のプログラミングスクールの懇親会とこのオフィシャルパーティーだけはあらかじめ参加登録しておいた。

会場は松山城の足元にある城山公園だった。ここにテントやテーブルを立てて、キッチンカーとかケータリングを呼んで野外立食パーティーをするという。一旦ホテルに戻って、少し遅れて到着すると、なんだかすごい景色。できるのか、こんなこと。

城山公園に入ったところ。向こうに見える白いテントはすべてオフィシャルパーティーのケータリングが並んでいるところ。その手前にキッチンカーが4〜5台並んでいる。さらに手前には、会場へ向かう人々が見える。
城山公園に入ったところ。向こうに見える白いテントはすべてオフィシャルパーティーのケータリングが並んでいるところ。その手前にキッチンカーが4〜5台並んでいる。

だだっ広い公園の一部がぜんぶRubyKaigi用のスペースになっていて、チケットみたいのを見せた人だけがそのスペース(というか敷地)に入れる。キッチンカーはどれも長蛇の列で、ケータリングゾーンの「なんかの藁焼き」みたいのもだいぶ人が待っていたけど、その他の食べ物は自由に取れる感じだった。

適当にフードを皿に乗せて、時々知り合いと話しながら(大体こういうカンファレンスのたびに会える人たち)、どんどん暗くなっていく周りの景色を眺めながらフードをつまんだ。DD4Dという愛媛のクラフトビール屋さんも8種類のビールを出していて、飲み放題。フレイバーによっては行列しているところもあったけど、そうでないのはすぐ頼めた。日本酒は賀儀屋(かぎや)というブランド。黒っぽいのと白っぽいのがあり、白い方はジュースのように飲める。黒い方はザ・日本酒という佇まい。それぞれそれなりにいただいた。

参加費はたしか5千円。自分を含め、堪能した人には十分モトが取れる値段だと思う。良い時間だった。しかし同時に思ったのは、自分はもうこうした立食パーティーはいいかなということだった。完全に満足したけど、自分ももう50歳。人生は残り時間の方が短い。自分で行きたいところを探して、そこに時間を使う方が合っているなと思った。お金の問題ではなく、時間の問題。大勢とあてどもなく過ごす時間より、限られた誰かとそこでしかできない話をする時間を探さなければいけない。

2025/04/17 Thu

RubyKaigi 2日目。少し二日酔いだが、気になるほどではない。やはり久しぶりの人たち、あるいは初めて会う人たちと喋りながら飲むと酒の進み方が違うから、多少の二日酔いは避けがたい。それでも今回の旅では、翌朝まで頭痛が残るようなことはほとんどなかったが。

2日目の午前の発表

2日目の午前はこの順番。前日は最初の一本だけを見て昼に出てしまったので、今回は午前にがっつり見てから昼に出ようと思っていた。

RubyKaigiに限らず、大きなカンファレンスでは大体発表を後からアーカイブ動画で見られるから、そんなに一生懸命発表を回る必要はない、という考え方がある。自分も基本的にはそっち。皆勤賞を狙うより、その場でしか会えない人たちと交流する方が大事だという考え方。廊下で参加者同士で話す、ディスカッションする、みたいのをホールウェイ・トラックなんて言うらしい。標準のトラック(各会場での発表)とは別に開催される野良トラックみたいなイメージ。今回も会場脇のソファでそれをやっている人たちが沢山いた。発表直後、それについて質問した人と発表者がマンツーマンで話していたり。

でもその一方、会場の発表でしか触れられない雰囲気、情報というのもあり、それは動画で得られるものとは質が違う。どちらが上ということではなく、単に別物。せっかく来たのだから、外歩きを堪能するだけでなく、会場の発表もそれなりに吸収したいと思ったのだった。前日はうっかり(というか)日本語の発表ばかり追ってしまったから、この午前中はなるべく英語の発表をチョイス。

2本目の @hmsk さんは日本人だけど見事な英語。内容も全部ではないけどけっこう追えた。発表資料は以下。

speakerdeck.com

2日目のランチ

午前の部が終わって、昼へ。昨日もそうだが、会場である文化会館の前庭に数台のキッチンカーが出ていて、これもどれも長蛇の列。どこかで弁当も配っているようだった。しかし昨日に続いて、会場から出て地元の店を巡る。この日は歩いて15分ぐらいのところにあるBIZ::MM(빚음 ビズム)という韓国料理屋さんに。

https://www.instagram.com/bizmm_dogo/

このお店はYouTubeの「愛媛めし(えひめし)」というチャンネルで知った。

www.youtube.com

「愛媛めし」はテレビ愛媛のアナウンサーたちが松山市内の店を食べ歩くという動画を沢山出していて、今回の旅(とくに前半)では本当に助けになった。

店に入ると、店主の男性が神妙な面持ちで「時間がかかりますけど大丈夫ですか・・」と言うので、大丈夫と伝えて着席した。昼だけのお店で、3つの定食から好きなものを選ぶ。牛肉のプルコギ、豚肉の何か、チーズダッカルビの3種類。ちょっと迷ったけどプルコギで。ご飯を大中小から選べるのもありがたかった。旅先ではつい食べすぎて、「空腹で食事」ができなくなりがちなので。ということで、ご飯は「小」にした。その後、たしかに早くはないけど、思ったほどは待たずに出てきたのがこれ。

上部中央にプルコギ。その下に何種類ものおかず。左下に冷奴、右下にご飯、その上にわかめスープ。
プルコギ定食

プルコギは食べたことのないおいしさだった。濃厚な牛肉の味。そして春雨の歯応え。今までプルコギの名のもとに食べていたのは何だったのか。あれはただの牛肉炒めだった。これがプルコギか、と何度も思った。他のおかずも多いからご飯が足りなくなるのでは、「小」ではなく「中」の方が良かったのでは、と思ったけど、いやちょうど良かった。ご飯とおかずが同じタイミングでピッタリ終わった。韓国のコーン茶を飲んでシメ。

食べてる途中で、店主さんが「お食事中すみませんが・・」と声をかけてきた。何かと思ったら「なんか昨日から外国人のお客さんが沢山いらっしゃって・・今何かやってるんでしょうか」と言うのだった。じつはこれはあるあるで、RubyKaigiでその地元のお店に入るとそれなりの割合で「今なんかやってるの? すごいお客さんが来るんだけど」みたいなことを言われる。いつものように、「RubyKaigiっていうのがあってですね・・」と説明する。スマホを取り出して、Webサイトなんかも見せると、事態を理解した店主さんが「そういうことか〜」と嘆息(というか叫びのような声)を漏らした。まさかそんなイベントがあるとは知らなかったので、とくに準備もしておらず、かなりのお客さんを断ることになってしまったと。しかも何が起きているのかぜんぜんわからず、来るのは外国人のお客さんばかりだから英語で尋ねるのも難しく、日本人で状況を知っている人が来ないかなと思っていたらしい。「知っとれば準備しておいたのに〜」と流暢な伊予弁で嘆く韓国出身の店主。でも事態の背景がわかってスッキリされていた。「明日もありますから」と伝えたら、ちょっと対策考えてみます・・と言う。できればその後の滞在中にもう一度行きたかったが、十分な時間がなくて行けなかった。その対策が功を奏していたら良いのだけれど。

2日目の午後の発表

会場に戻って、午後の部は以下を見た。

最後のLT(ライトニング・トーク。5分縛りでいろんな人が立て続けに話すやつ)はともかく、その前のは基本ぜんぜんわからん前提でチョイスした。2番目の@s01さんは日本人だけど、こちらも見事な英語。とにかく声のハリが素晴らしい。たぶん今回見たどのスピーカーよりも聞きやすかった。テーマは暗号化で、日本語で聞いてもわからないに違いない話だけど、動画が出たら字幕をONにして復習したい。

2日目の夕食

2日目のプログラムがすべて終わり、今夜はどこで食事をしようかと考えながら会場の出口に向かっていたら、こちらも大体カンファレンスに行くたびお会いするモーリさん(id:mohri)がいてしばらく歓談。そこへ前日のラストを飾った「TRICK 2025」で審査員を務められた江渡浩一郎さんがいらっしゃり、モーリさんを介して初対面のご挨拶。ちょうどその時モーリさんと先日放送されたscholaのラジオ番組の話をしていたのと、江渡さんも坂本さんと深い関わりがある方だったので、モーリさんから彼、坂本龍一と仕事していたんですよなんて江渡さんに紹介してもらった。こういうとき、scholaってほんとに名刺代わりになる。自分からはあまり言わないが、人が言ってくれるのはありがたい。

これからみんなで食事に行くんですけど、一緒にどうですかと江渡さんが誘ってくれたので、ぜひとついていく。モーリさんはこれから仕事だからとひとまずお別れ。江渡さんの後を追ってしばらく歩くと、以前からこちらは勝手に知っている著名なプログラマーの方々がいて、ご挨拶。dRubyの関さんや株式会社万葉の大場さんなど。ここで深くは触れないが、とくに万葉は以前から超カッコいいと思っていたので内心まじかーと引っくり返っていた。

夕食は江渡さんが即興で探して見つけてくれた二番町の料理屋「たにた」で。

tabelog.com

総勢7人。事前に面識があった人は一人もいなかったけど、Ruby界隈のことは以前からよく見ていたから、それなりに話もできた。私は短期記憶が壊滅的だが、中長期記憶はけっこう残っているのでこういうときに役に立つ。お店も適度に古くて、リラックスできた。料理も酒も歓談も豊かだった。

前述のとおり、この日から懇親会やパーティーのたぐいには一切参加登録をしていなかったけど、それが早速功を奏した。もしどこかのパーティーに登録していたら、せっかく誘われても断らなければいけなかった。予定がないから誰に誘われてもついていける。これがノープランの醍醐味である。

そういえば、むかし美大を卒業した直後、就職はもちろんバイトもせずにポケーっと過ごしていた頃に先輩の個展を見に行ったら、「いま何してるの、何もしてないなら俺がバイトしてるペンキ屋で親方が人探してるから、一緒にやる?」と誘われた。面白そう! と思ってその場でやると言ったらすぐにその親方から電話がかかってきて、翌週から仕事がスタートした。その先輩は、「今どきフラフラしてるやつっていないんだよ、フラフラしてるやつは貴重だから」と言っていた。もうそれから25年ぐらい経つが、まだその言葉を覚えている。俺、フラフラしてたけど、それって良いことだったんだ。と思ったのだと思う。江渡さんから誘われて、その後の夢の中のような食事会を過ごしているとき、そのことを考えていた。

 
(つづく)

*1:それも強風のせいだったのかもしれないが。

*2:しつこいが、「だいかいどう」ではなく「おおかいどう」。

「坂本龍一のRadio Schola」ふりかえり

先月末の3/30、NHK-FMでscholaのラジオ版みたいなものが放送された。

www.nhk.jp

坂本龍一が講師をつとめたEテレの「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」。その制作の際に残されていた未発表の対談音声を中心に、ラジオで「聴く」音楽の学校。

なんだかこの説明だと、Eテレの番組収録時の音源が使われているかのようだけど、実際はCDブックのための座談会の録音*1が半分以上使われている。

テーマは「日本の歌謡曲&ポップス」「ドラムズ&ベース」「ロマン派」の3つで、このうち歌謡曲とロマン派がそのCDブックの座談会、D&BだけTV放送用の収録音源が元になっている。D&BはCDブック用の座談会というのをしておらず、YMOの3人とバラカンさんが一同に介したのはそのNHKの収録時だけだった。*2

D&Bの収録には私も毎回渋谷まで出向いてスタジオで立ち会ったが、4人で話していたのはトータル何時間ぐらいだったろうか。よく覚えていないが、2時間にも満たなかったのではないか。千のナイフなどの演奏もあったから、その4人が一緒にいた時間はもっと長かったはずだが。

初めの話に戻ると、「制作の際に残されていた未発表の対談音声」などと言われると、TVではカットされた雑多な部分が寄せ集められて、ボーナストラック的に作られた(ワンランク下の)内容のように思われるかもしれないのだが、少なくとも歌謡曲とロマン派についてはまったくそういうものではない。そこで話されたやり取りはこれまでどこにも公開されていなかったもので、その現場にいた人以外は誰も見ても聞いてもいない内容である。

しかも、どちらも元の音源は4時間ぐらいあったので、その中のそれぞれ15分程度が使われていることを考えたら、放送されたのは雑多な内容どころか厳選された上澄みのさらに上澄みみたいなものである。その希少性がリスナーにどれだけ伝わっているのか、やや不安がある。

この番組を企画したのは、ライツという制作会社の池部さんである。池部さんをはじめ、今回の制作に関わった人たちのクレジットはここで確認できる。
rights.jp

TVと違って、ラジオでは制作者のクレジットというのがどこにも掲載されない。おかしな話だ。最初にリンクを張ったNHKの公式ページにすらない。
↑のライツのページにはクレジットがある。だからそれを確認してほしいのだが、今回の番組で欠かせないメンバーは私の知るかぎり少なくとも4人いる。

一人はその池部さんで、彼はschola TV(Eテレで放送されたやつ)のプロデューサーもやっていた。昨年後半に連絡があり、scholaではまだやり残したことがある、もしCDブック制作時の録音が残っていたらそれを使って番組を作りたいのだが、という企画の相談だった。「まだやり残したことがある」と思う人は世の中にたくさんいるだろうが、それを回収するために行動できる人はなかなかいない。

制作統括の佐渡さん、ディレクターの中村さんも番組の実現に欠かせないキーパースンであった。池部さんは制作会社の人だが、佐渡さんはNHK側の人。池部さんがどれだけ情熱的な人であっても、佐渡さんがいなければNHKで放送されることはなかっただろう。佐渡さんもschola TVの中心的な存在であり、私の記憶では当時のスタッフ全体のトップとして坂本さんやマネジメントとさまざまな調整をしていた。

中村さんはディレクターというとちょっとわかりづらいが、放送された音声を実際に作った人と言えばよいだろうか。中村さんは「RADIO SAKAMOTO」を長年作っていた人であり、坂本さんの信頼も厚かった。この仕事をするのに中村さん以上の適任はいなかったと思う。

4人目のキーパースンは私で、前述のとおり「歌謡曲」と「ロマン派」の音源は私が管理していたものを提供した。その録音はcommmonsにすらなく、私がいなかったら企画自体成立しなかったので、不可欠なメンバーだったと言っても言い過ぎにはならないだろう。

今回私が提供した音源は、何かの拍子に「たまたま見つかった」ものではなく、「ちゃんと管理しておいた」ものである。だから、「残されていた未発表の対談音声」という言い方は実態に比べてややドラマティックに過ぎるかもしれない。それは「残されていた」というより「残しておいた」ものだ。後で必要になったときに「そんな昔のもの、どっかにやっちゃったよ」なんて言いたくないから、PCを何台買い替えてもデータは常に継承してきた。だからそんな私を見つけて「当時の録音ありますか?」と聞いてきた池部さんが一番凄い。発見されたのは録音データではなく私だったのかもしれない。

番組の感想の中には、「ノイズがちょっと・・」というものがいくつかあった。それはそのとおりだと思うが、これは公開する前提の録音ではなく、「とりあえず文字起こしに使えればいい」という低すぎるほど低い目的で録音されたものだから、「それでも良ければ聞いてください」というのが正直なところではある。

「AIとか使って良い感じにノイズ除去できなかったのか?」と言っている人もいて、その気持ちもよくわかるのだけど(自分がリスナーなら同じように思っただろう)、そこまで加工された音声が本当にリスナーの求めるものなのかというと、それはそれで難しい問題という気もする。今回の番組にしても、かなりノイズは除去されているはずだと思うが、これ以上調整されたその音が果たしてどこまで「坂本さんの声」なのかというと、やや心もとない。それはAI美空ひばりならぬAI坂本龍一になってしまわないだろうか。

前述のとおり、元の録音は「歌謡曲」と「ロマン派」のどちらも4時間前後あった。「歌謡曲」は奥中康人先生のレクチャーから始まったので(CDブックをお読みの方にはわかるだろうが)、4時間なんてゆうに超えている。「ロマン派」も中村さんに渡したデータは4時間弱だが、雑談を含めたらもっと喋っている。scholaの座談会に要する時間は回を追うごとに増えていて、4時間というのはまったく短くない。午前に集合して、終わった頃には暗くなっているなんて普通だった。坂本さんの来日中の貴重な時間をこれだけ占有できるというのは、今思えば随分贅沢なことだったと思うし、それだけ坂本さんやマネジメントにとってscholaの比重が大きかったということなのだと思う。

実際のところ、当時の音源を聞き返すのはなかなかしんどいものがある。会の進行は私と坂本さんが適宜入れ替わりながらやっていたが、自分の進行はなんだかいつも今いちで、満足にできたと思ったことは一度もない。何日も前から、もういいというぐらい準備をしていくのだけど、後から文字起こしのために録音を聴くと「ああー・・」という気持ちになる。

ということで、今回の放送もまだ通しては聴けていない。当時のことをあんまりリアルには思い出したくないのだ。提供した音の状態を確認するためにざっくりとは聴いたが、それ以上は無理で、中村さんが作ってくれたのだから大丈夫に決まってると思っている。

幸いというか、座談会の録音は他にもけっこうある。いずれもTV放送とは関係のない、CDブックのための選曲会の録音である。音質は最上と言えるものではない。野生の食材みたいなものだ。養殖でもハウス栽培でもない、しかしそこにしか生えてない素材である。そこに価値を見出す人がいるなら、その期待を適当にアウトプットしてほしい。それが評判としてNHKの意思決定者に届いたら、その野生の食材があなたに供されるかもしれない。

上に書いたとおり、今回の放送が実現するまでには少なくとも4人のキーパースンが必要だった。我々の誰が欠けても実現しなかったということだ。我々の命は永遠ではなく、しかも全員が同時に同じ仕事に携われる瞬間しかこの番組は実現しない。惑星直列みたいなものだ。たとえば私が明日死んだら、私の手元にしかない録音はあなたの耳には届かない。そしてその可能性はけっして低くない。「Radio Schola」は、死蔵されていた坂本さんの声をあなたに届ける数少ない(あるいは唯一の)扉である。この扉を開けたのは池部さんだが、閉じないように支えられるのはリスナーだけである。

それにしても、3テーマ分の録音から50分の放送とは、豪勢にもほどがある。使われなかった部分だけを使ってもさらに何本もの番組ができそうだ。私自身はいつも岡田暁生さんの話を聴くたびについ笑ってしまう。それも心から。その面白さは、坂本さんや浅田さんや小沼さんが同じ場所にいるからこそ発生するものだと思う。岡田さんは、その3人が聞いているからできる話をしている。3人の反応が岡田さんの次の話を引き出している。scholaの座談会にしかない昂揚感。それをぜひ多くの人に体験してほしいと思っている。

*1:私がICレコーダーとかiPod touchとかで録音していたもの。

*2:とはいえD&BのCDブックレットにはTV放送とは別にやり取りされたメールの内容なんかも盛り込まれているし、そもそも作っている人間もまったく別なのでTVとCDブックは別物と思ってもらって良いと思う。