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その一人

もう1年以上、Twitterでは政治や社会問題に関することを書いていない。Twitterでそういうことを書くのは、得るものに比べて失うものの方が大きいから。自分の考えを発信しないせいで、世の中には反リベラル的な、極右的、排外主義的な思想が蔓延してしまうだろうか? そうかもしれないが、それでもそれを防ぐために、不特定多数の人に向けて政治的な意見を書くかと言ったら、不利益や非効率さの方がよほど大きくてやはりそういう気にはなれない。

ではそういったことへの関心が薄れたのかといったら、そんなことはない。むしろそれは増している。だから、今はクローズドなSNSとかグループチャットとか、そういう限られた相手とのやり取りの中でだけ差別問題や政治について書いている。知り合いだけがそれを読める。もちろん、その中の誰かが勝手に全体公開の世界に持ち出してしまうかもしれないし、その可能性は常に想定しているが、少なくとも自分からはそれはしない。誰に読まれても構わない内容だが、特定の誰かだけが読める前提で書いている。

そんなの、エコーチェンバーじゃないかと思われるかもしれないが、そうではない。どちらかと言えば、今までの方がエコーチェンバーだった。

TwitterでもFacebookでも、不特定多数の人間が読める場所に考えを公開するということは、不特定多数の人がわかるようにわざわざ書き直すということで、それは内容をひたすら希釈していくことを意味している。たとえば趣味についてであれば、それを理解できない人が読んだってべつに構わないと考えることもできるが、政治的な話はそれでは済まない。それは趣味の話よりもずっと切実で、ずっと攻撃的で、ずっと思いがけない発想をする人たちを呼び込む可能性がある。もちろん趣味の分野でも変わったことを言ってくる人はいるが、政治や差別の話題になるとその特殊な人たちの割合は何倍にも膨れ上がる。その人たちはどこにでもいる普通の人だが、ネットの中では想像力を失った危険な人物でもある。だから関わってはいけない。可能なかぎり接触を避ける必要がある。Twitter等の公開型SNSは、その意味でこうした発信に不向きだ。

想像力を失った、曲解と誤解を総動員して攻撃を仕掛けてくる人たちの目的は、ただ戦って勝つことにある。負けを受け入れられない脆い自我に急き立てられながら、心ない言葉をぶつけることに腐心している。しかしそもそも、議論は「勝負」ではない。意見の交換は勝負ではなく、共同作業だ。それはひとつの雪だるまを複数人で一緒に作るようなもので、雪玉を投げ合う行為とは違う。相手が作っている雪だるまを破壊したら、それは自分の雪だるまが壊れるということだ。それが議論だ。

不特定多数の人たちに、誤解や曲解の余地を最小限にしながら言いたいことを伝えるためには、大変な時間がかかるだけでなく、メッセージの中身を薄く、軽くする必要がある。それは「中学生レベルの英語しかわからない日本人」が、「中学生レベルの英語しかわからないロシア人」に何かを伝えようとした時に、拙い英語で話すしかないようなものだ。そこでは日本語を解する人に日本語で話しかけるよりもずっと限られた情報しか伝えられない。不特定多数の人に何らかのメッセージを伝えるということは、自分が発信する情報の不完全さ、曖昧さ、薄さを受け入れるということでもある。

その一方で、ある程度共通の土台を持った知り合いに向けて何かを書くという行為は、その「日本語を解する人に日本語で話しかける」ということにグッと近づく。自分以外の人、たった一人のその人に向けて、自分が考えていることを可能なかぎり厳密にまとめて伝える。そんなことができたら、それだけでも生きている意味がある。少しでもその状況に近づくために、限られた人生をそのようなことに使っている。

去年の5月頃だったか、検察庁法改正案の採決が断念された頃、ぼくはまだTwitterで政治に関する話を書いていた。当時の政権が、いかに酷く、いかに憐れであるかを短い言葉でストレートに書いた。あるツイートには数日のうちに1〜2万のいいねやRTがついて、それがきっかけでフォロワーがみるみる増えた。その後も何週間かに一度、そのぐらい大きな反応が続いた。もしかすると、自分のツイートは社会を少しは良くするのかもしれない、と素朴に思った。しかし今思えば、ぼくのツイートを見て「なんということだ、自分の考えは間違っていた」なんて素直に反省し、ぼくと同様の考えをするようになった人なんて一人もいなかっただろう。ぼくのツイートがバズったのは、それに近いことを思ってはいたが、まだその感覚を言葉にできずにいた人たちが「それな!」「それを言いたかった!」と思ったからで、その人たちが考えていたことを補強・強化する意味での変化は促したかもしれないが、別の新たな方向に目を向けさせるような効果はなかっただろう。そんな力はぼくの言葉には無く、あったとしてもそれを目的に何かを言うべきではなかった。そんなことをしても、ただ磨り減るだけだ。

知り合いとの対話においては、しかしこの「考えが変わった」があり得る。人として信頼できる誰かが、説得力のある言葉と表現で何かを言っていたら、それは人の考えを変える可能性がある。ぼくの言葉が誰かの考えを、というだけでなく、誰かの言葉がぼくの考えを変えることだって十分あり得る。というか、それは実際に何度か起こったはずだ。ぼくの知り合いは、ぼくの政治的同志とかではまったくない。その人はぼくとは全然違う政党を支持しているかもしれないし、その政党はぼくが嫌悪しているものですらあるかもしれない。でもその知り合いは、ぼくがつらく悲しい思いをしていたら、一緒に悲しんでくれる知り合いでもある。喜びを報告したら、一緒に喜んでくれる人でもある。もしその人がぼくの話を聞いて、「そんな考え方があったのか、今までと物の見方が変わった」と思ったら、その人の向こうにいる、その人の知り合いたちにも影響が生まれるかもしれない。自分の考えが変わるのは、自分が信頼している人、尊敬している人、好きな人、その人生の背景をある程度ながら知っている人、言い換えると「その人が生身の人間であると実感的に想像できる誰か」の「話」が自分にヒットしたときだ。「話」がそれ単体で、その内容(コンテンツ/ストーリー)だけの力で人を動かすことはない。「誰」がそれを言ったのか、その「誰」と「話」が結びついて初めてそれは人に影響を及ぼす。

人は誰でも否定されるのが嫌いだ。ぼくだってそうだ。「あなたの考えは間違っている。だから正さなくてはいけない」と言われて「じゃあ正します」なんて言う人はいない。人の考えが変わるのは、自分がそれによってアップデートされる、成長する、知識や技術や経験が増える、広がる、とイメージできたときだ。「これまで足し算と引き算はできた。そこに新たに掛け算の知識も加わった」という状況を人は簡単に受け入れる。それは成長ではあるが、過去の否定とは思われない。「掛け算を覚えることによって、足し算しか知らなかった過去が否定された」なんて思う人はいない。過去の自分は否定されないまま、知識や考えがアップデート(拡充・更新)されることを人は受け入れる。誰かに変化を促すなら、その方法しかない。そして、信頼できる人の言葉には、それを実現する力がある。

重要なのは、何千何万という不特定多数の人に霧散した声を届けることではなく、自分のすぐ脇にいるたった一人に混じりけのない考えを伝えることではないか。そのたった一人に自分が本心から考えていることが届いたら、それが現実を動かすのではないか。社会が変わる可能性は、そこにあるのではないかとぼくは思う。

かけがえのある人

日帰りがつらい移動のときは、結構カジュアルにビジネスホテルを取って泊まる。体の負担が減るし、頭の中も休ませられる。外食よりも一人で静かに食べる方が好きだから、夕食はテイクアウトやスーパーの惣菜などを買うことが多く、この時にビールやスナック菓子も一緒に買ってホテルに帰る。ビールは350缶を2本ほど、スナックはポテトチップス的なもの。ポテトチップスはひと袋全部食べることはないから半分ぐらい残すことになるが、大抵の場合はこれを留める輪ゴムがない。値段にしたら120円の半分ぐらい、60円程度なのだから、そのままゴミ箱に捨てたって良いのかもしれないが、すぐに捨てるのも忍びなく、とりあえず輪ゴムで留めておきたいのだがその輪ゴムが手元にない。

ぼくはその輪ゴムのような人になりたい。べつにオシャレな輪ゴムである必要も珍しい輪ゴムである必要も強烈な弾力を持つ輪ゴムである必要もなく、ただ目の前の食べかけのポテトチップスの袋を丸めて留めておけるものであればいいのだが、普段わざわざそんなものを持ち歩かないから、だらしなく開いたままのポテトチップスの袋を眺めながら途方に暮れてしまう。そんなに欲しいならホテルのフロントに頼んで持ってきてもらったっていいのかもしれないが、さすがに「輪ゴム1本持ってきてもらえますか」とも言いづらい。言えるとしても言いたくない。「こんな時に輪ゴムがあれば・・」とよく思う。そんな輪ゴムに私はなりたい。

そんな輪ゴムは非常に価値が高い。なんのブランドである必要もないたった1本の輪ゴムの価値がなぜそんなに高いのかと言ったら、「その瞬間に限って確実に有用だから」だ。時と場所が正しければたった1本の輪ゴムがものすごく大切なものになる。この「なんのブランドである必要もない」という点が非常に重要で、どんな家柄でもどこの大学を出ていても構わず、男でも女でもそのどちらでもない人であってもまったく問題なく、ただ正しいときに正しい場所にいるだけで他の何よりも必要とされ、その存在によってものすごく喜ばれる、役に立つ。そういう人でありたいとよく思う。

1本の輪ゴムでさえあれば良いので、いくらでも替えが利く。自分でなくてもいい。同じことをできる別人でもまったく構わない。本当の価値は、自分自身という存在にはない。その状況、自分を含むその状況全体に意味があり、価値がある。その時、その場に自分がいることにより、ただそのことにより喜ばれるということ。オニギリありますか、くれませんか、と言われたときにめちゃめちゃオニギリを持っていたら、タダであげる。のどが渇いて死にそうだという人の前を通ったときにめちゃめちゃ水を持っていたら、タダであげる。そのとき僕はめちゃめちゃ喜ばれ、感謝されるだろう。

レイモンド・カーヴァーの短い詩に、こんなのがある。

おしまいの断片 / レイモンド・カーヴァー (訳・村上春樹
 
たとえそれでも、君はやっぱり思うのかな、
この人生における望みは果たしたと?
果たしたとも。
それで、君はいったい何を望んだのだろう?
それは、自らを愛されるものと呼ぶこと、自らをこの世界にあって
愛されるものと感じること。
 
LATE FRAGMENT by Raymond Carver
 
And did you get what
you wanted from this life, even so?
I did.
And what did you want?
To call myself beloved, to feel myself
beloved on the earth.

べつに輪ゴムでなくても、目玉クリップとかでもいいんだけど。ちょっと今、この時だけ、目玉クリップが欲しいんだけど!みたいな瞬間がありませんか。ぼくはある。一瞬ここ押さえといて、すぐ戻ってくるから!みたいな時、ありませんか。ぼくはある。その「一瞬ここ押さえといて」と頼まれる人に私はなりたい。自分以外の誰にでもできる何か、替えの利く人間として何かをやって、人に喜ばれたいということ。そのような価値観がたしかにある。

Bandcamp Fridayで買ったもの(2021/8/6-8/7)

8/6(金)から8/7の午後4時まで、Bandcamp Fridayが開催されていたので10本ぐらい買った。6千円ぐらい。

Bandcamp Fridayの公式アナウンスはこちら。すでにアップデート済みで、次回開催の9/3について言及されているけれど。

daily.bandcamp.com

これは昨年から始まって一旦5月で終わっていたんだけど、8月からまた再開されたということみたい。
あまり日本語での記事はないけど、以下は短いながらわかりやすかった。

Bandcamp Fridayが年内継続。2021年8月より再び実施

そもそもBandcamp Fridayって何?という話は以下がわかりやすい。

音楽配信のBandcampが手数料免除の「Bandcamp Friday」を2021年5月まで延長 | TechCrunch Japan

毎月第1金曜日、同サービスは手数料を免除してアーティストやレコード会社が利益を増やす機会を提供している。(略)アーティストは平均して売上の93%を受け取る(残りは支払手数料)。通常は82%だ。

前にもこのタイミングで買ったことがあったかもしれないが、今回はちょうど気になっていたバンド、曲がいくつかあったので支援や感謝や興味で購入したのが以下。

  • to forget by wishing
  • tragedy reel by Fog Lake
  • UNTITLED '91 by Hector Gachan
  • Lovesick by RICEWINE
  • Songs For Dads by The Walters
  • Vacation//Time by Beach Fossils
  • 허수아비와 춤을 Dancing With A Puppet by 도마 Doma
  • cloud of unknowing by Taku Unami
  • music for white noise by Taku Unami
  • electronics solo by Taku Unami
  • Comet Meta by David Grubbs & Taku Unami

それぞれのリンクは最後に貼っておく。

以下、簡単なコメントを。

  • to forget by wishing
  • tragedy reel by Fog Lake
  • UNTITLED '91 by Hector Gachan

最初のwishingとFog Lakeは今回の目玉。他にも良いアルバムが多くて数枚カートに入れていたけど、他のアーティストも欲しいのが出てきたのでとりあえず1個ずつにした。
Hector Gachanのアルバムも以前にSpotifyで出てきたのを聴いて以来ハマっていたのでこの機会に買っておいた。

じつは以前にSpotifyで聴いて上記と同じぐらい「いいな」と思ったClairoという人がいて、ただSpotifyではいろいろ聴けるんだけどBandcampでは買えるものがなかった。Spotifyだと以下とかいい。
open.spotify.com

日本では無名に等しい気もするが、Spotifyでは「This is Clairo」なんていう公式のプレイリストもあるぐらいなのでけっこう有名なのかもしれない。この人に限らず、SpotifyでもBandcampでも触れているといつも思うことだが、まったく世界には現在進行形でとてつもなく素敵な未知の音楽がまだまだ沢山ある。それを知らないまま私は生きている。そしてそれらを知らないまま死んでしまうのだろう。悲劇!

  • Lovesick by RICEWINE

話を戻すと、RICEWINEもSpotifyで何か別のを聴いていたとき(HomeshakeかSALESあたりかも)に類似アーティストみたいな感じでレコメンドされて聴いて以来ちょっと気になっていた。それでアーティスト名でBandcamp内で検索したらアルバムがけっこうあって、聴いてみたらどれもいい。むしろSpotifyで聴いたやつよりずっといいのが多い。
ということでいろいろ試聴してとりあえずそれを買った。

  • Songs For Dads by The Walters

Waltersのそれは非常に耳に残る曲。というか耳から離れずちょっと困るレベル。敬愛するi'm cyborg but that's okさんもこれを使って1つビデオを作っていた。
The Walters - I Love You So - YouTube

  • Vacation//Time by Beach Fossils
  • 허수아비와 춤을 Dancing With A Puppet by 도마 Doma

Beach Fossilsは別の曲をSpotifyで聴いて好きだったが、これも試聴したら面白かったので。夏っぽい。

도마(Doma)は韓国のミュージシャンだと思うのだけど情報が非常に少ない(少なくとも日本語では)。Bandcampで1つだけ、クリスマスコンピみたいのに入っていたので印をつけるように買っておいた。

  • cloud of unknowing by Taku Unami
  • music for white noise by Taku Unami
  • electronics solo by Taku Unami
  • Comet Meta by David Grubbs & Taku Unami

残りは宇波拓さんシリーズ。最近yumboや澁谷浩次さん、工藤冬里さんの曲を聴く機会が増えて、そういうなんか先入観を取っ払って音楽に付き合うみたいなことをしたくなった、ということかも。
David Grubbsとの共作については以下の記事の感想がいろいろわかりやすくてよかった。
David Grubbs/宇波拓 「Comet Meta」(2020) - telの日常三昧

小難しさのない、アバンギャルド。日常を邪魔しないが、音楽はシッカリと存在感がある。BGMにもぴったり。とても心地よいアルバムだ。

Bandcampの良いところは購入したものがその直後からアプリに収納されていつでもそこからサクサク聴けることだ。*1 Webアプリでもスマホでもその出来は良く、ストレスはほとんど感じない。
勝手にアプリに入ってくれるので、リッピングはもちろんダウンロードの必要もなく、わざわざそれをiTunesに移してさらにスマホに転送して・・なんて必要もない。手軽だし時間も無駄にならない。聴きたい音楽をただ聴ける。また今回は触れないがリスナーがアーティストを気軽に支援できる仕組みもいろいろ工夫されている。

Bandcamp Fridayは年内は続くようだけど、Bandcamp自体上記のように普段から良いサービスを提供していると思うので、今後も開催日に関わらず利用したい。

なお、ついでのようだがテニスコーツのレーベルmajikick records等による「Minna Kikeru」も音楽家支援の姿勢が色濃い素晴らしい音楽配信サービスで、ここからもちょいちょい買っている。ストリーミングはすべて無料で可能。上の話に興味を持った人はこちらも良かったらチェックしてみてください。
minnakikeru.com

(了)


wishing.bandcamp.com
foglake.bandcamp.com
niceguysweare.bandcamp.com
ricewine.bandcamp.com
thewalters.bandcamp.com
beachfo.bandcamp.com
heosuabi.bandcamp.com
tenselessmusic.bandcamp.com
hibarimusic.bandcamp.com
hibarimusic.bandcamp.com
grubbsunami.bandcamp.com

*1:実際には購入の必要すらなく、ウィッシュリストに入れておけば全曲ストリーミング試聴できるものも少なくないが。