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時間なさすぎてblogしか更新できなかった!のは数日前のschola3巻発売日で、ようやく出ましたなー・・ああもう内容忘れてる、というのは半分本当(のような)。これで予定の10分の1か。あと27巻出る予定。まじで・・・www壊れてるな良い意味でこのアイディアは。しかし残っているのは壊れているものばかりとも言え。オカシイ!としか思えないほどちゃんとしてるものとか。そういうものに囲まれていろいろ麻痺している。
scholaのこととあと他のプロジェクトが2、3並行して動いていて僕ひとりではムリなんだけどひとりでやってる、というがやれてない。明日しぬってことにしたら許してもらえれやらか。アカンなあ・・明日そういえばペン大、エンザ大丈夫かよ怖すぎる環境的に。休む可能性ダイだな。いろんな意味で。下降するときのあの不快な気持よさをなんと言ったらいいのか、ジェットコースター、面白いと思ったこと俺イチドもない。なのにまた乗るんだな、6年に一回ぐらい。
今日はジュンク堂池袋店にて夏目房之介さんと祖父江慎さんのトークショー、相当前から予約していてしかし当日になって他の予定も入りつつ相当あぐねてしかし結局行ったが行ってよかったのかどうか。よかったですよ。サインはかほうだな・・。僕はサインとか前にも書いたけど一緒に仕事する人にはなるべくもらわない、が同時に仕事を一緒にする前にはもらうことも多い。いや、違うか、まだ仕事してない人にもらうことが多く、もらった人とはジンクスなのかほとんど仕事してない気がする。ということはまだ僕がサインもらってないすべての人が一緒に仕事する可能性があるということか。無駄な話をした。それはたぶんサヨナラのしるしだ。こんにちは。さようなら。では一筆お願いします。的な。ここに書いていることもまた。ひとびとにサヨウナラと言っているが、僕がサインをしたことって去年の4月末にアップリンクでしたあれぐらいだな間違いなく。数人、6人ぐらいかな、わからないけど。
ひとつ前にかいたアンフォルメルユイットは、また近くライブやるみたいなのでマイスペチェックするなりココチェックするなりしておいてくれたらと思います。ミワさん本人には全然連絡できてないんだけどココの告知を通してコミュニケーションしてるってどんだけネットラブルなぼくたち。期待してるよ期待してくれよ誰も聴かなくても勝手にやるよぼくたち。はなった言葉が自分に貼り付くというのは逆に言えば自分からなら離れないってことでそれだけが救いにもなっている。大丈夫、時代を越えて誰かが・:・とかそれだ。
schola3巻ようやく出た。よかった。しかし1巻が去年の9月24日なので一年に2冊だよね客観的に考えて(kk)。ということは30巻で15年か・・・ぼく50歳になってまつね。いいのか!いいね11。その頃は僕より年下の人が多くなっているのかあるいはまだ今生まれていない人がいろいろえばったりしているのだろうか。そして僕はようやくもしかしたら初めてのウチアゲとかをしているのかもしれない。あるいは何というか・・まあでも人間にできること、ツキとか行ってるからなあ・・あれに比べたらまだ現実味あるわ。ツキ行くよりはできそうな気ばりばりするもんな。。
scholaがタカイという話はよく聴きますし私もそう思いますけど、それはひとつの物差しに並べたときの正解であって物差しはひとつではない。比べる対象、なにと比べるかによるとは言える。どの樹に自分の背を刻みつけるのか。
さばくで差し出された100ccの水にいくら払えるのか。当たり前のことだがだからこそ見失われる樹もあるだろう。当たり前だ。わかってる。作品は残る。僕は何も言わなくても/言ってもそれはすぐに風に吹きとばされてきっと妥当な大きさで刻まれてきっと作品の声よりは意味を成さない。成すとしてひとつの歴史のデータというかこの時代のこの人がこのようなことを言っていた、といった稀少性を帯びてのものだろう。波が立つ。風がくる。それを身をもってよける。かおを上げて、ああ、今日も後悔した!と振り返る。誰も肯定しないから自分でする。それで一瞬巻き返す。肯定する。失敗する。スッ転ぶ。また走る。ずっと走ってる、ねてそう思ってる