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わたしのメール作法

メールの作法についてぼんやり考えていた。作法と言っても、言葉遣いとか定型文とかをどうする、という話ではない。どちらかというと、そういうマナー講座的なことは苦手というか、よく知らない。

考えてみれば、最初にscholaで編集作業を始めた頃も、文章の直し方などはそういう教本や講座で学んだわけではなくて、一般に出版されている本を数冊並べて、それらに共通するルールを抽出して、それに準拠するようにしていた。具体的なところだと、三点リーダ(…)などは通常の出版物では「……」で統一されている。だから、自分も「みんながそうしてるから」というだけの理由でそれにならった。今もそうしているし、妥当な検討方法であり判断だったと思っている。

(本格的な校正の工程に際しては、赤字の入れ方を日本エディタースクールが発行している薄い本で練習しながら学んだ。それは知人のデザイナーが厚意でぼくにくれたものだった。ありがたかった)

メールをパソコンで書くようになったのは2003年だったと思うが、2005年から共編著『大谷能生フランス革命』の制作関連で少しずつやり取りの数が増えてきて、しかしやはり一気に増えたのは2008年に音楽全集『commmons: schola』の制作に関わってからだろう。

メールの書き方を誰かに教わったことはなかったが、そうやって仕事で使っている人の文章を見ながら「みんながやっている」共通のルールを知るようになり、そのうち有効なものは取り入れ、非効率だと思うものはスルーした。

編集の仕事というのは原稿を読んだり手を入れたりすることがメインであるように思えるけれど、自分の作業を振り返るとそのようなことをしているのは全体のほんの数割で、残りの時間はメールを書いたり、そのメールを書くために必要なデータを作ったりしている。こうしたコミュニケーションの方が作業のメインだと感じている。

scholaでは多忙な方々にこちらから様々な内容に関する連絡をして、その回答を得ることが求められる。冒頭に記した、ぼくの考えるメール作法というのはここから関係してくる。

多忙な人に何かを質問するようなとき、ぼくがよくやるのは、先にこちらで選択肢を用意しておいて、その中から回答を選んでもらう方式だ。具体的には、ABCの三択を用意し、もしその中のどれでもなければ選択肢Dとしてその回答を教えてください、とする。

そうすると、大抵はABCのどれか、あるいはそれに新たな要素を付け加えた「B+」みたいな回答が戻ってくる。Dになるとしても、その時点で少なくとも「ABCのどれでもないD」ということになるので、先方としてもDを具体的に書きやすくなる。

また、そのときのABCに「捨て選択肢」はない。よくプレゼンのメソッドとして、あえてダメなやつを混ぜておく(それで提案者が選んでほしいものを選ばせる)、みたいなことが言われるが、そんなことをして「ダメなやつ」が選ばれて不幸になるのは最後にお金を払ってくれる読者である。そのような可能性を進んで作ってはいけない。

個人的に、「Bになればいいな」とか思うことはあるけれど、それはそれ。まずはどれを選ばれても問題のないような選択肢を作る。

もしも本当に「Bになるべきだ」と思うなら、選択肢を提示する際にそのこともきちんと伝えればいい。個人的な考えだったとしても、その旨を断って伝えれば少なくとも有害な情報にはならない。

専門家であるところの相手から意見をもらう前に、自分の意見を伝えることにはリスクが伴う。こちらは専門家ではないから、的外れなことを言う可能性があるし、場合によっては信頼を失う。自分の身を第一に考えるなら、必要最低限のこと以外は何も言わないのが安全だ。しかしそれをわかった上で、それでも伝えておいた方が良いと思ったことは言う。いずれにしても、「こうした方が作品が良くなり、読者のためになる」と思った方を取る。

メールで与える情報が多すぎると、先方がそれを解読するコストが高まるので良くないが、かといって少なすぎても必要な情報が共有できない可能性が高まるので良くない。適度に充実した情報を渡すことが理想だ。

もしも自分だったら、と考える。もしも自分がこの選択肢をもらったとして、そこにどんなコメントが付属していたら判断をしやすくなるだろう? と考える。そしてその架空の世界に向けて、有用と思える情報を1〜2文付け加える。

そのようなときには、自分の意見は重要ではない、必ずしも考慮してもらう必要はない、ということを自分で理解しながら書く必要がある。それが相手に伝わるようにも意識する。

ぼくがこうしてほしいんです、という風にではなく、「なんか、さっき道ですれ違った人がそんなこと言ってましてねえ〜」ぐらいの、街の声をレポートするような感覚で、あくまで参考情報だけれど、という感じで伝える。判断の行方を限定するものではないが、判断に影響する可能性があるものとして伝える。それはただそこにあるだけの意見であり、向こうから何をしてくるわけでもない精霊のような存在とも言える。従う必要はないが、参考にしたければできるもの。

選択肢を用意する、というのは考えてみるとユーザーインターフェースの問題なのだと思える。たとえば、Webサービスなどのアンケートで、自由に書けるテキストボックスが用意されている場合と、ラジオボタンで多肢択一式になっている場合とでは、回答者の負担は大きく変わる。どちらが良いということではなく、求める回答によって適切な形式が変わる。

ぼくの場合は、内容が複雑に込み入った話題であるときほど、こちらで選択肢を用意しておくようにする。その上で、こちらの想定できない回答がある場合を考慮して「もしこの中のどれでもなければその旨お知らせください」としている。

いずれにしても、心がけているのは、「YES/NO/その他」のいずれかで明確に答えられるようにする、ということだ。「その他」しかないような質問をしてはいけない。「YES」と「NO」が用意されていれば、仮に「その他」が選ばれてもそれは「YESでもNOでもない限定的な「その他」」ということになる。

「その他」を具体的に戻してもらえず、「YESでもNOでもないんだけど、かといってどう言えばいいかもわからないんだ」と言われたなら、「YESでもNOでもないなら、どうだということなのだろう?」と新たに想像して、そこから考えられる選択肢を考え出してまた質問すればいい。最初の質問時に比べれば、ずっと対象は限定されている。

選択肢を考えるのは、時間がかかる。選択肢の内容について「意味わからん」とか「テーマをわかってない」などと突っ込まれたらけっこう苦しい(幸いそういう経験はないが)。にもかかわらず、そんな面倒なことをするのは、メールの往復を減らすためだ。相手は多忙な人々だから、込み入った、やり取りに時間がかかりそうなメールだと思われたら後回しにされてしまうかもしれない。しかし「YES/NO/その他」を答えるだけなら、すぐに答えてもらえる確率が上がる。

メールの文章は短いほどいいか? と言えば、ケースバイケースだと思っている。それこそ、「YES/NO」を聞かれただけなら1行で返せるが、それは回答する側だからだ。

質問する側からの情報が少なすぎれば、回答する側は有効な判断をできなくなる。少なくとも、回答するために必要なだけの情報を知らせなければ非効率になる。

だから、ぼくは1回あたりの文章量にはあまりこだわらない。短いほど良いとは思っていない。それよりも、「回答するために充分な情報が揃っているかどうか」を考える。

先方からすれば、1つの案件に関してやり取りをする相手はぼくだけかもしれないが(1対1の関係)、scholaのように1冊の中で何人もの著者や関係者がいる場合には、一人で複数人とこうしたやり取りをすることになるので(1対多の関係)、「さっきのメール、どういう意味ですか?」みたいにメール自体の意味について質問し合うような事態が生じたら作業量が何倍にも増えてしまう。

scholaに参加したての頃は、いわゆる即レスというのか、いつ連絡が来てもすぐに返すようにしていた。真夜中でも、早朝でも、夕方でも、通知が鳴ったらすぐに返した。そうすべきだと思ったのでもなければ、そうしたかったわけでもなく、そういうものなのだと思っていた。それに、5分で返せるものを半日も1日も放置していたら、そのぶん進んだはずのプロジェクトが停滞してしまう。これに耐えられない。5分で返せばすぐに次のフェーズに移れる。そのスピードを重視していた。「いつ寝てるんですか?」とよく聞かれたが、そのことを少し誇らしくも感じていた。

しかし、そんなことを昼夜問わず、盆暮れ正月もなくやっていたら体がもたない。即レスではあっても、内容をおろそかにはできず、何周も読み直してから返信していたのだ。

スピードと内容のどちらもは取れない。と思って、両者を天秤にかけて、即レスにはこだわらないことにした。今は大体、メールをもらったら早くて同日中、それができなくても翌日の同じ時刻ぐらいまでに返せば充分、という感覚で対応している。

ただし、即レスを悪しきものとしているわけではないので、すぐに返せる場合は返しているし、相手が困っているようなときは優先している。逆に、プライベートの相手なら仕事よりも優先度が低い。これはすでに信頼関係があるから。

返事に時間がかかりそうだ、と思った場合には、初めに連絡を受け取ったことだけを返信しておく。これは調べ物を伴う場合などに多い。「要件は了解。調べる必要があるので、*曜日の*時頃までにあらためて連絡します」という風に、次の返信タイミングを予告しておく。この予告はなかなか効果的で、ぼくのような人にはお勧めできる。簡易的・心理的なリマインダー設定になっていて、不思議なことだが、大体予告どおりに終わるのだ。

この予告メソッド(と今名付けた)は、Slackなどのチーム内チャットでもよくやる。「15時ぐらいまでに確認してレスします」とか、よく言う。すると、14時53分ぐらいに完了している。半ば偶然だが、半ば当然なのかもしれない。

大谷能生のフランス革命

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commmons: schola vol.17 Ryuichi Sakamoto Selections: Romantic Music(2枚組)

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