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直近2ヶ月間の様子 〜 事前チェックの話

  • 6月に入った頃から一気にTwitterでの投稿が増えた。いわゆる解禁というか、それまでの一番の懸案というか、プレッシャーの源だった、山口への出張取材が5月末でひとまず終わり、その原稿化作業もある程度目処が立ってきたから、というのが直接的な理由だろう。
  • 具体的には、6/3の段階で原稿がほぼ「人に見せられる」ぐらいまでは行ったみたい。編集部に送ったのが翌日。で、Twitterは6/2までしばらくゼロ行進だったのが6/3に1ツイート、翌日以降は毎日、徐々に増えていったのでわかりやすい。ホッとしたのだろう。
  • しかしここでホッとしすぎて、本来なら1週間後(6/10)に迫った簿記2級の検定のために一気に切り替えてフルスピードで勉強しなければいけなかったところ、どうもあまり身が入らず、いや時間的にはそこそこやったのだけど(1日6〜7時間)、もうひと押し、というところで気が散ってしまうというか。自分でもそれはわかっていたのだけど、もう「休む」方が習慣化してしまっていた。
  • ということで(というべきだろう)、簿記の方は6点足らず不合格。しょうもない、見直しさえやっていれば拾えたミスがそれだけでも8点分あったので、ああ、それさえ取れていればと何度も思ったけれど、基本的にはベースの力が低かったせいでそこまでギリギリの戦いをしていたわけで、言い訳のしようもない。勉強不足でした。
  • その後は山口取材記事の仕上げ作業。すでに編集部には渡し済みで、あとはインタビュイー(被取材者)であるところのYCAM(ワイカム)渡邉さんと、編集部によるチェックをもらって修正、というのがメイン。Twitterでも時々話題にしたけど、今回の編集部とのやり取りではGitHubを軸にデータや意見のやり取りをできたので大変助かった。渡邉さんも記事をご覧頂ければわかるとおりギークな人なので(→記事)、リポジトリ上でサクサクとプルリクしてくれたりして夢のよう、というか未来のよう。これが2018年の編集でしょう。
  • そういえばこのところはTwitterで「事前チェック有りや無しや」みたいな話題がホットのよう。
  • 曰く、「記者が被取材者に記事の公開前チェックをさせるのは編集権を渡すに等しい。ジャーナリストとしての責任を果たすためにも、そういう要求は毅然として断るべき」とかなんとか。これに対して、「いや記者さんは専門家じゃないからその人に取材をしたわけで、事実関係の間違いとかあるかもしれないし、そもそも言ってないことを言ったことにされて困るのは被取材者なんだから、チェックさせなさいよ」とかなんとか。
  • 個人的には、以前に以下の記事でも書いたけど、「ようは前提がズレてるだけでしょ」でファイナルアンサーではある。

note103.hatenablog.com

  • チェックさせたくない、と言う記者さんの頭にあるのは、自分(自社)の制作物であるその記事を、外部の人間の指示で変えてしまったら記事の存在意義が変わってしまう、自分の責任のもとに公開できなくなってしまう、みたいなことだろう。それはそれでわかる。ある意味ではその通り。記者さんは被取材者が見ていないところも含めて原稿を書いているだろうし、自分はインタビュイーのスポークスマンとかメッセンジャーではないのだ、ましてやお金を受け取って広告を作ってるわけではないのだと、取材で聞いた話というのは、あくまで記事の全体を構成する要素のひとつに過ぎないのであって、修正を指示するなら自分と同じ全体を知っている(把握している)人からのものでなければ受け入れようがない。とか、そんな論理は確かに成立すると思う。
  • 一方で、「直させなさいよ」という意見もまた妥当。結局のところ、記事を読む人は記者やメディアの意見として読む以上に、インタビューであればインタビューされた話者の意見だと思ってそれを読むのが自然であるから、にもかかわらずその喋っている人が「そんなことは言ってない」と思うなら、それは読者に誤った情報が伝わっていることになる。
  • だから、前提がズレていると言える。記者の方は自分(自社)の責任のもとその制作物を公開しているつもりだけど、インタビュイーや読者はそうしたメディアを飛び越して、その制作物がインタビュイーによるものだと思ってる。その別々の前提のもとで、やれ「チェックさせない」とか「チェックさせろ」とかやってるわけで、それがズレたままでは不毛なばかりか罵り合いにより気分的にも害がある。
  • 個人的には、単純な話、取材依頼の段階で事前チェックの有無についてすり合わせておけばいいだけでは・・とは思う。ただし、インタビュイー(被取材者)の方は普段そんな経験はしない、いわば素人であることも多いだろうから、その素人にそういった前提的な手続きを求めるのは無理がある。本来であれば、プロであるところの記者(メディア)側が言っておくべきことだろう。
  • しかしまあ、現実的には、わざわざ「ウチの方針として、あなたに事前のチェックはさせませんから」などと依頼時に言えるメディアがあるとはあまり思えないので、被取材者の方で自衛として聞いていくしかないのかな、とも思うけど。
  • 一方、というかちなみに、というか上記の山口取材の記事(@GeekOut)では、そこにも書いたとおり被取材者の渡邉さんには公開前にめちゃくちゃチェックしてもらったし、それを受けての修正もめちゃくちゃ入れた。(というかGitHubのプルリクエストなので一旦マージしてから微調整した)
  • 渡邉さんからの修正はそこそこ多くて、といってもおそらくご本人はこちらの原文を最大限尊重してくれたと思うけど、それでも渡邉さんは普段の仕事が文章をすごく書くもので、またライターとして寄稿したり、美術家としても文章を書いたりする人で、なおかつ何しろ今回の記事では全編渡邉さんが喋っているわけだから、多分直そうと思えばいくらでも直せたと思うのだけど、だからそのうちのほんの一部だとしても、通常の被取材者チェックなどに比べたらけっこう多い方だったのではないか。
  • で、ぼくはそれに対してどうしたかと言うと、上にも書いたがそのほとんどをすべて一旦受け入れて、その上で表現として調整したいと思ったところはこちらに任せてもらった。
  • では、それだけ多くの修正を反映してぼくの編集権(というか)が奪われたり薄まったりしたのかと言ったら、まったくそんなことはない。なぜなら、その程度の修正で壊れるようなものを作っていないから。(ドヤァ)
  • 実際には、上記のとおり渡邉さんも文章を書ける(=文章の背景を含めた全体を読める)人なので、そもそも初めからおかしな要求をしてこないということもあるのだけど。だからこそというか、渡邉さん的にも全体に影響しそうな修正案については、自分で直してしまう前に一旦ぼくに相談してくれたりしたのだけど、それに対してもぼくの方では「あ〜、なるほど。じゃあ一旦その方向で直してみましょうか」みたいに反映してから必要に応じて調整しながら仕上げていった。
  • 話を戻すと、最初に他人に見せられる程度の(チェック可能な)原稿を作った段階で、核心になる部分はもうできている。大抵の場合、その時点から後に他人が修正できる箇所というのは、たとえてみれば人間が着る服とかアクセサリーとかの部分であって、服の中身の人間が変わるほどの根本的な修正というのはほとんど出ない(できない)。
  • 仮に、そういった本質的な(服の中身の人間の性格が変わるような)修正を依頼された場合には、その意図をきちんとヒアリングした上で、こちらの方針とズレるようなら話し合って適切な内容に落とし込めばいい。もしその際、どうしても方針に相容れない部分があった場合には、すべて白紙に戻ることも想定しながらガチで意見を戦わせる必要もあるかもしれないが、大抵の場合はそこまでいかずに合意できるだろうし、むしろ終盤になってからそれだけ意見の開きがあったらそれ以前のどこかの段階で飛ばすべきではない工程を飛ばしているのかもしれない。つまり、もはや事前チェックがどうという話ではない。
  • 人は見た目が9割とか、神は細部に宿るみたいな話は文章でも言えて、だから上で言う「服やアクセサリー」の部分も文章の本質に関わる大事な要素ではあるのだけど、実際にはそれも全体を把握していればどうにでもなるもので、たとえば被取材者が「絶対にこの指輪とネックレスは付けてほしい。その靴は気に入らないからこっちに変えてほしい」みたいな要求をしてきたら(ぜんぶ上記の流れの喩えですが)、それを全部反映させた上で、それらの付け方や履かせ方を調整することで全体の方針を保てばいいし、まずはそれを試みた上で、「いやどうしても無理だな」となったらあらためて話し合えばいい。
  • 「被取材者(インタビュイー)→記者」の関係は、「使用者(強者)→労働者(弱者)」の関係ではなく、どちらかと言えばその逆だから、「インタビュイーの言いなりに原稿を直したりしないよ」と言いたくなる記者の気持ちは理解できる。しかし、実際にはメディア側(記者)の方が立場が強いという状況があること、つまり、最終的にどういう内容で公開するかを決定するのはメディア側である、という不動のアンバランスさがあることを考えれば、メディア側が被取材者の意向に最大限寄り添うのは当然のことだと思う。
  • 論理的にはそうとしかならず、誰が考えたって結局はその結論に行き着くはずだと思うけど、現実的にはそんなチェック工程を挟んでくれないメディアも少なくないかもしれない。しかしおそらく、その場合にはその理由は単純に「スケジュールの問題」なのだと思える。どちらが偉いとか、責任がどうとか、編集権とか、公平性とかの問題ではなく。
  • 記事の作成過程で一番大変なのは「とりあえず人が読めるぐらいまで作る」ということで、より良いものにするためには、そこからいろんな人に読んでもらう工程が必要になるわけだけど、その前の段階、つまり「とりあえず人に読ませられるところまでキタ!」という段階をゴールに設定してしまうと、そのスケジュール上、メディアの外部にいる人がチェックすることは難しくなる。おそらく、被取材者に公開前のチェックをさせないメディアはそういうスケジュールを組んでいる。
  • それに、上にも書いたが記事の作者は取材によって得た情報をあくまで素材のひとつとして見ているのであって、しかし原稿はそれ以外の様々な要素と組み合わさって出来ている。ある意味、それは絶妙なバランスで積み上げられたジェンガの塔みたいなもので、できることならそれ以上誰にも触ってほしくない、と書き手が思うのは自然なことだ。
  • その場合、そもそも原稿に対して外部から(ここではインタビュイーから)意見を聞く工程があるというだけでも書き手にとって大きなストレスやプレッシャーになることは想像に難くない。さらに、そうしたチェックが公開目前の時期に重なってしまった場合のストレスと言ったら大変なものだろう。逆に言えば、そのような機会自体取り払ってしまえば、書き手はそうしたストレスからひとまずは解放される。
  • スケジュールにチェック工程を含めるというのは、だからそれだけ負担のかかることで、第一には充分な(長めの)スケジュールを組む必要があるし、第二には上記のような公開目前まで続くストレスに耐える覚悟が必要になる。そしてそのような状況に対して、「いや、そんな余裕ないんですよ。」というのが結局のところ「事前チェックはさせない」という方針の一番の理由になっているのではないかと思う。
  • 話を数段階戻すと、「事前チェックさせない」と言う側の頭には、「こっちは広告作ってるんじゃないんだから、インタビュイーの言いなりに原稿を直したりしないよ」という思いがあるだろう。「言いたいことがあったら、自分のメディアでやりなさいよ」と。しかしそうであるなら、そういう力関係、双方の立場のあり方について、取材を依頼する段階で明示しておく必要があると思う。多くの場合、取材というのはメディアの側から申し込むものであって、インタビュイーはそれに慣れていないのだから、話を聞くだけ聞いて、主語をインタビュイーに設定して、誤った情報が流れてしまっては誰も得をしない。
  • ただ実際には、くり返しになるが、現時点でそれをしていないメディアが今後自主的にそういう事前説明をするようになるかといったら、あまりそういう想像はできない。だから現実的には、取材を受ける側が「公開前にチェックできますか?」と聞くことが、そういった地味な悲劇を回避するための一番確実な方法なのだとは思う。
  • 作家の森博嗣さんは、もう10年以上も前に刊行された日記シリーズでちょくちょくそのことを書いている。曰く、新聞社から取材の依頼があったが、断った。なぜなら、事前にチェックさせないから。みたいな*1。これが何度も出てくる。例外的にその条件を飲んで取材を果たしたのはたしか産経新聞の特集記事みたいなやつで、その時の取材はとてもちゃんとしていた、みたいに書いていた。(例外的だったのでよく覚えている)
  • 話をまた戻すと、上記のYCAMの記事のように、メディアによってはちゃんと事前にインタビュイーのチェックを受けているし、ほとんどまったくリジェクトなしで反映することもある。まあ、ぼくの場合はとりわけ反映した方なのではないかと思わなくもないけど・・ただ少なくとも、その記事ではそれをやった。だから、そういうメディアもあるよ、ということ。
  • 以前に少し関わった、「schola TV」も当然のことながら、放送前には坂本さんによる事前チェックの期間がきちんと取られていた。
  • つまり、TVにしたってそういうのもあるよ、ということ。番組による。
  • 言うまでもないけれど(と言いつつ言う必要がありそうだと思うから書くのだけど)、なんでもかんでも100%事前チェックをさせるべきという話ではない。状況による。しかしいずれにしても、読者がその記事を読んで(あるいは番組を見て)、被取材者が言っているかのように受け取れる内容が、実際に被取材者の言いたかった内容とズレている可能性の生じる状況だったら、被取材者および読者のために事前チェックの工程を設けるのは当然のことで、それができないのだとしたら、その理由は思想とか方針とかによるものではなく、スケジュールや書き手の体力といったリソースの問題だと考えるべきだろう、ということ。
  • 直近の話をもう少し続けるつもりだったけど、長くなったのでここまで。

*1:実際にはその他に「顔出しNG」という原則もあって、それに抵触して断ってるのも多い。