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失敗を定義する

失敗を恐れるな、という言い回しがあって、まったくその通りだと思うが、しかし表現の仕方として、それをAさんがBさんに言いたい、というときに、Aさんの言いたいそれがBさんに適切に伝わるかと言うと、ちょっと意図がズレて届いてしまうのではないか、という感覚を持っていた。

僕が誰かにそのようなことを言いたいと思ったら、どう言うだろうか。
たぶん、「失敗するのはイヤなことだけど、それをしないと欲しいものは手に入らないから、イヤでも失敗を経由して欲しいものを手に入れてください」みたいな感じになるだろうか。

「失敗を恐れずに**をやれ」という言い方をした場合、誤解の余地があると思うのは、とりあえずトライをしたときに、「失敗をしない可能性もある」という風に伝わる可能性がある点だ。
「とりあえずやってみれば、失敗しない可能性もあるんだから、やってみなよ」という言い方になると、ちょっと本質(本当に伝えたいこと)を外しているような気がする。

勧めたいのは、「失敗しないこと」ではなく、「失敗するかしないかはどっちでもよくて、その先にある欲しいものを手に入れること」なわけだけど、「失敗しない可能性もあるよ」という要素を含めてしまうと、結局関心が「失敗するのか、しないのか」というほうに移ってしまいそうな気がする。

そのように関心や目的をブレさせないためには、むしろ「失敗は、する」という前提にしてしまったほうがいいのでは、ということで、まあ僕なら「失敗しながらやってみよう」みたいな感じになるのかなと。

何かをやってみる前に躊躇するというか、失敗を恐れるような状況というのは、たとえてみると、ススだらけの狭い道を抜けて、向こう側へ行くようなものだ。
その道を通ったら服や髪の毛が汚れることはわかりきっていて、入るのは躊躇するし、場合によっては「今日はやめておこう」とか思うかもしれないが、そのデメリットを受け入れさえすれば、希望した「向こう側」へ行くこともできる。

ようは、そうした痛みやイヤな感じを我慢してでも欲しいものを取りにいく、その諦めない感じを伝えられれば良いわけで、しかし「失敗を恐れるな」だと、「失敗するか/しないか」とか「それを恐れるか/恐れないか」ということに関心のフォーカスが絞られてしまって、無駄がある。

何かを手に入れるためには、失敗による痛みやイヤな感じをこうむることはほとんど不可避なので、それは一つの必要条件として受け入れなさい、みたいな言い方にしたほうがいろいろ効率がいい気がする。