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光と影で描くのはたやすい

美大予備校に通っていた頃、評判がいいというか、いつも反応が良かったのは人の顔を描いたときと、陰影がはっきりした絵を描いたときで、でも陰影のコントラストを強くして印象的な絵を描くなんてある意味では誰にでもできることで、難しいのは陰影を付けないのに形や雰囲気を表せることだなとも思っていた。

誰にでもわかりやすく、評価されやすく、目を引きやすいのは陰影、つまり黒と白をはっきりさせることで、またその間にあるグラデーションのコントロールを絶妙に付けられたらより劇的になって文句ナシ、みたいに評価を得やすいんだけど、そういうのはなんというか、誰にでもできる下品な表現という感じがしていた。

簡単な例で言うと、ピカソの子供の頃の油絵やデッサンを見るとめちゃ上手いんだけど、それは光と影の表現。暗いところを真っ黒にして、明るいところに視線が集まるようにしているだけという感じ。でもそれが青の時代とか白の時代とかになるにつれて、もう暗いところはただ黒で塗りつぶしたものではなく、そこを見るだけでもなんだか「はあ」と息をついてしまう感じになっていく、みたいな*1

そんなことをなぜ今頃言っているのかというと、そのわかりやすい陰影の表現のように、人の善悪みたいなものもあって、あの人はいい人、あの人は悪い人、みたいにはっきりしていると、それに対してどう反応したらいいのかもわかりやすいし、ある意味で安心してそれを見られるというところがあるように思えるのだけど、実際の人間はそんなにはっきりしているものではなくて、いいところもあれば悪いところもあるものだから、本当にそれを描こうと思うならばやっぱり陰影とは結びつかない色で形を浮かび上がらせるようなことをしなければならないんじゃないか、みたいなことを思ったということ。

*1:しかしこのピカソの喩えも何十年もアップデートされていないので再考の余地がありそうだけど。