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ハリネズミ型思考とランダムな歴史(ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』より)

今年の初めにダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』を再読していた。

同書についてはこれまでも何度か触れている。

抜書きも何回かしている。

年初の再読でもやはり示唆に満ちた本だと思ったが、とくに印象に残った部分を紹介したい。

一つは上巻の終盤、第20章に出てくるこの部分。

テトロックは「政治・経済動向に関する評論と助言の提供」で生計を立てている評論家248人にインタビューし、専門とする分野とさほど知識を持っていない分野の両方について、いくつかの出来事がそう遠くない将来に起きる可能性を予測してもらった。たとえば、ゴルバチョフはクーデターで失脚するか、アメリカはペルシャ湾岸で戦争に突入するか、次の新興市場国としてのし上がるのはどの国か、等々である。回答者はどの質問についても、現状維持、プラス方向の変化(政治的自由の拡大、経済成長など)、マイナス方向への変化の三通りについて確率で答える。この調査では最終的に八万例の予測を集めることができた。
(略)
調査の結果は惨憺たるものだった。評論家の予測に比べれば、現状維持・プラスの変化・マイナスの変化に単純に同じ確率を割り当てるほうがまだましだったのである。
(略)
テトロックに言わせれば、専門家は知識に導かれて予測を誤るのではない、そもそもの考え方がまちがっているのだという。彼は専門家をハリネズミと狐になぞらえるが、これは、アイザイア・バーリントルストイ歴史観について書いた随筆『ハリネズミと狐―「戦争と平和」の歴史哲学』に拠っている。同書では、「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」という古い詩句が紹介されている。ハリネズミは一つの世界観を持っていて、どんな出来事も一貫したフレームワークで説明する。自分の見方に従わない人には我慢がならず、自分の予測には自信満々だ。
(略)
これに対して、キツネは複雑な思考をする。キツネは、一つの事柄や一つの思想が歴史の行進を率いるとは考えない。たとえば、レーガンソ連に対して強硬姿勢で臨んだから冷戦が終わったという見方には与しない。現実の世界はさまざまな複雑な要因や力関係の相互作用によって規定されるのであって、そこでは偶然が大きな役割を果たし、予想不能な結果をもたらすと認めている。テトロックの調査でいちばんましな成績を収めたのは、こうしたキツネ型の評論家だった。それでも好成績とは言い難く、しかも彼らは、ハリネズミ型ほどテレビ局からお呼びがかからない。

ハリネズミ型の主張に抗することは難しい。ハリネズミ同士ならまだしも、キツネ型思考の人間がハリネズミ型とまともにやり取りすることは、ある意味不可能だと感じる。

同章の上記直前に記された以下も面白い。

過去は容易に説明できると感じられるため、大方の人は未来が予測不能だとは考えようとしない。ナシーム・タレブが『ブラック・スワン』の中で指摘したように、私たちは過去についてつじつまの合った後講釈をし、それを信じこむ傾向がある。そのせいで、自分たちの予測能力には限界があるとはなかなか認めたがらない。あらゆることが、後知恵で見れば意味を持つ。だから金融評論家は毎晩、その日の出来事について説得力のある説明を披露できる。そして私たちは、今日後知恵で説明がつくなら昨日予測できたはずだ、という直感をどうしても拭い去ることができない。過去をわかっているという錯覚が、未来を予測できるという過剰な自信を生む。
「歴史の行進」ということがよく言われる。この言葉は、秩序や方向性をイメージさせる。というのも行進は、ぶらぶら歩きとはちがって、ランダムな動きではないからだ。私たちは、大きな社会的事件や文化・技術の発展に注目したり、一握りの偉大な人物の意図や能力を分析したりすれば、過去を説明できると考えている。だが重大な歴史的事件を決するのは、運にほかならない。この見方はひどく衝撃的かもしれないが、しかし冷厳な真実である。なるほど、社会が劇的な変化を遂げた20世紀の歴史は、ヒトラースターリン毛沢東の果たした役割を抜きにしては語れまい。だが考えてみてほしい。卵子が受精する直前のほんの一瞬には、後にヒトラーとなる胚が女の子になった可能性が半分はあったのである。この三人の分を合計すると、二〇世紀に彼ら三人がそろって存在しなかった可能性は八分の一あったことになる。彼らがいなくても二〇世紀の歴史はほとんど変わらなかった、と主張することはまず不可能だろう。たった三つの卵子の受精が重大な結果をもたらしたのだから、長期的な歴史の流れを予見できると言い張るのは、物笑いの種でしかない。

これらとは別にもう一つ、非常に印象に残る部分があったけど、長くなったのでここまで。