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てにをはの混乱=視点の混乱

  • 意味のわかりづらい文章のいくつかは「てにをは」で失敗しているだけではないか、とふと思った。
  • 「てにをは」が間違ってる、というのはどういう状況かと考えると、主語が無秩序にコロコロ入れ替わってしまう、ということではないかとこれまたふと思った。
  • 主語が変わると、「てにをは」も変わるし、能動・受動も変わってしまう。
    • 私は手紙を受け取った。→OK
    • 手紙は私に受け取られた。→まあOK
    • 私は手紙に受け取った。→NG
  • 主語が変わるということは、ある状況を描写する際の「視点」というか、何を中心にその現象を描くか(筆者が何に関心を持ちながらその現象を描くか)、という意味での「話の重心」とも言えるものが変わるということでもある。
  • で、その視点とか重心とかをなかば無意識のうちにコロコロ替えてしまいながら(コントロールできないまま)、対象を描写する人というのがいるように思える。
  • 上記のとおり、視点が変われば主語も変わり、必然的に「てにをは」も適切に変換していかなければならないが、それはなかなか面倒というか、煩雑な操作を必要とすることだから、それが追いつかないままリリースされた文章が読みづらくなりがち、ということではないかと思った。
  • 逆に言うと、そのあたりの秩序をある程度保ちながら書かれた文章は読みやすい、ということかもしれない。
  • あるいは、そうした「視点」や「話の重心」が変わったときに、変わったよ、と読者に明示している文章が読みやすい、ということかもしれないが。