仕事を終えてから、ジムへ。・・というつもりだったが、だいぶ疲れが溜まっているようだったのでパス。行けば面白いのだけど、その間の記憶がふっ飛んでしまう。他にやること、考えること、そしてもちろん体を休めること。そういったことがすべて後回しになる感じがあり、やめておいた。
代わりに、というわけではないがいくつか本を読んでいた。
半分ほど読んでいたけど、その続き。煽るようなところは全然ない、素直で平易な文章なんだけど、とにかく読みやすいのでグングン進んでしまう。85%〜90%ぐらいまで来た。恐ろしい現実がカジュアルに描き出されている。
元々は鷺沢萠さんが参加している、というのを見て買ったんだけど、鷺沢さんの寄稿は巻頭の1編のみ。だけど、他の寄稿も実力者揃いで面白い。これは買ってよかった。
とくに食べ物関連の佐藤行衛(ゆきえ)さん。面白い。佐藤さんは韓国でコプチャンチョンゴルというバンドをやっているミュージシャンだが、文章も上手い。最初は『中くらいの友だち』という雑誌(というか冊子というか)で文章を読んだけど、本書の寄稿はさらに自由なノリを感じられて良かった。他にもポップカルチャーを紹介している一ノ橋海甲さん、その他文化面を担当している伊東順子さんなど贅沢な布陣。
国葬
正式には「国葬」ではなく別概念に基づく「国葬儀」のようだが(内閣法制局が立憲民主党議員からの疑義に対してそのように答えたとか)、ここでは誰もがわかるように「国葬」というが、のちのち「ちゃんと反対している人もいたのか」とわかるように、あらためて反対を表明しておく。
Twitterで自分がフォローしているような人ですら「別にいいじゃないか」という人がいるのだが(といっても1人だけだが)、単純にかかる費用の全額を税金でまかないということが不正である。自分が参加しないものに対して税金を使われるから反対しているのではなく、今なお全貌が明かされていない多くの不正の疑惑を抱える政治家のためのイベントが、それも葬儀という名目で、巨額の税金によって公的に開催されるということが常識としてありえないということ。このような、「常識的に考えてありえないこと」が閣議決定とやらで議論もなく確定し、平気で遂行されるようになってしまったのがまさに第二次安倍内閣以降のことだった。
国会での議論も承認も行われないということは、そんなことをしたら実現できないことを岸田総理自身も理解しているということだろう。安倍氏がそうであったように、卑怯で臆病な人間だと思う。まともな判断をできない人間が国のトップに立ってしまうことがいかに恐ろしいことかと思うが、それ以上に恐ろしいのは、そのような愚かな決断を止める立場にあるはずの人々もまったく機能しなくなってしまっていることだ。今できることは、このような卑劣な強行に対して「反対」であることを明確に示すことだろう。
安倍氏のすべてが悪かったはずはない。しかし、このように多くの反対意見(各社の世論調査では半数以上を占める反対意見)を切り捨てて開催を強行することにより、「国葬などというものに値する人間ではなかった」という、本来なら誰も考える必要がなかったことを多くの人が考えることになってしまった。結果として、必要以上に安倍氏の業績に対する印象を下げる契機になってしまったと思う。