読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

103

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』第23章「外部情報に基づくアプローチ――なぜ予想ははずれるのか」より

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』は気が向くたびに読み返す。示唆に満ちた本である。
とくに、第23章は気に入っている。本書を全体的に好きだが、この章にはとくに心惹かれる。

これまでこのブログではけっこう同書の抜書をしてきたが、不思議と同章の抜書がなかったので少し書いてみる。
以下は同章の最初の節。この次の節と、最後の2節も好きだが、なかなか骨の折れる作業なので(とはいえ得るものも少なくないが)とりあえずここだけ。

 エイモスと共同研究を始めてから数年後、私はイスラエル教育省の役人を口説き落とし、判断と意思決定を高校生に教える必要性を認めさせた。そして、そのためのカリキュラム作成と教科書執筆に着手する運びとなった。そこで私は、適任者のチームを編成し、ベテランの教師や私の教え子、そして当時ヘブライ大学教育職大学院の院長をしていたセイモア・フォックスなどに声をかけた。セイモアはカリキュラム作成の専門家である。(略)
 
 ある日、計画の中のいくつか不確実な要素を確認している際に、私はふとある実験をやってみようと思いつき、メンバー全員に、教科書の最終案を教育省に提出するまでに何年かかるか予想して紙に書いてほしいと頼んだ。(略)私は紙を回収し、結果を黒板に書き出した。全員の予想は、二年を中心に狭い範囲に集中しており、最短で一年半、最長で二年半である。
 
 そこで私はまたまた思いつきで、カリキュラムづくりのエキスパートであるセイモアに対し、これまでに私たちと似たようなチームがゼロからこの手のプロジェクトに臨むのを見たことがあるか、と質問した。(略)セイモアは相当数見たことがあると答えた。そうしたチームの成り行きをこまかい点まで覚えているだろうかと重ねて訊ねると、いくつかのチームはよく知っているという答である。そこで私は質問した。「では、そうしたチームがいまの私たちの段階まで進捗した時点を思い出してほしいのです。この段階から教科書の完成まで、何年ぐらいかかりましたか」
 
 セイモアはしばらく黙ってからようやく答えたが、その顔は紅潮しており、自分で自分の答に困惑しているように見えた。「そうだな、このことにまったく気づいていなかったのだが、正直に言うと、われわれと同じような段階に到達したチームの全部が全部、プロジェクトを完了したわけではない。かなりのチームが、完成に至らなかった」
 
 これは懸念すべき事態である。私たちは、失敗する可能性など考えてもいなかった。私の不安は募った。いったいどのぐらいの割合で失敗に終わったのかと訊ねると、おおよそ40%という返事である。いまや部屋中に重苦しい雰囲気が垂れ込めた。次に質問すべきことははっきりしている。「では、完成したチームは何年ぐらいかかりましたか」。これに対する答はこうだった。「七年以下というチームはなかったと思う。だが、十年以上かかったチームもなかった」
 
 私は藁をもつかむ思いで訊ねた。「これまで見てきたチームと私たちを比べて、どう評価しますか。私たちのスキルやリソースは、どの程度のランク付けになるでしょうか」。セイモアは、今度は躊躇なく答えた。「われわれは平均以下だ。だが、大幅に下回っているわけではない」。いやはや、全員にとって驚天動地の出来事である。全員、というのはセイモアも含めてだ。セイモア自身の予想も二年半以下の範囲に収まっていたことを忘れてはいけない。私が質問するまで、彼はこれまでの経験といまのチームの将来予測とを結びつけて考えようとしなかったのである。(略)
 
 私たちは、その日のうちに打ち切りにすべきだった。40%の確率で失敗するプロジェクトにさらに六年以上費やす気など、誰にもなかったのだから。しかし私たちは、そんなにがんばるのはばかばかしいと感じてはいたものの、不吉な情報を知ったからといって、すぐさま尻尾を巻いて退却すべきだとも思わなかった。支離滅裂な議論を数分間戦わせたのち、私たちの意見は一致した。なかったことにして進めよう、と。最終的に教科書は、八年後(!)に完成した。その頃には私はもうイスラエルに住んでいなかったし、そのだいぶ前にチームを離れていた。メンバーは予想外の幾多の試練を乗り越えてようやく完成させたのだが、そのときには教育省の当初の熱はすっかり冷めており、教科書は一度も使われずにお蔵入りとなった。