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坂本さんのこと

「坂本さんってどんな人?」と、よく聞かれるようであまり聞かれない。

最近久しぶりに聞かれたのは、年明けに参加したプログラミング発表会の懇親会で、そのときにどう答えたのだったか、もうだいぶオリオンビールも入っていたので(沖縄料理を出す居酒屋だった)覚えていないが、もし今答えるなら〜と考えてみると、

1. 対等に接してくれる
2. 御礼を言う
3. ごまかさない

といったあたりだろうか。

「1」について、「〜してくれる」などと言うと、なんだか前提として向こうが「上」、ぼくが「下」のようだが、まあ実際、かたや世界的に活躍する音楽家で、かたやそうではない私なので、必ずしも不自然な言い方でもないだろう。

ようは、それでもひとつのプロジェクトの中では忌憚なく意見を交わすことができ、それを本人も求めている(とぼくが感じる)ということだ。
より簡単に言うと、「いばらない」。

よく、偉い人ほどいばらない、なんて言うけれど、ぼくの知るかぎり坂本さんはまさにそうである。
などと言うと、なんだか一緒に仕事をしている関係からくるヨイショのようだが、このようなことを聞いたところで坂本さんからぼくへの評価が変わるとも思わない。

そういう点でも信頼できるし、信頼できるということがありがたい。
(などと言っているぼくの方が偉そうだが)

「御礼を言う」というのは、言い換えると、「感謝を高く売らない」ということである。

という説明ではかえってわかりづらいかもしれないが、どうも世の中には、他人から何かしてもらっても御礼を言わず、むしろそれが当然のことであるかのように振る舞うことによって、あたかも前提的に「自分のほうが上、相手は下」であるとアピールするような人がいる。

またその裏返しで、自分が何か間違えたときなどに、お詫びや反省を伝えられない人もいて、ネットではそれを「謝ったら死ぬ病」などと言うが、それもまた、「間違いを認めることによって自分が下、相手が上になる」と感じてしまうことから、それを避けるためにとる行動だと思われる。

これらはいわゆる「マウンティング」という行動様式として説明できると思うが、以下の記事でも書いたように、

人間の価値をソートする - 103

そういうのって良いとか悪いとか言う以前に、まあ生じてしまうこと自体は仕方ないかな、と感じるし、かく言うぼくにもそれはある。

だからこそ余計に、そういった素朴な衝動にとらわれることなく、相手への感謝をそのまま伝えられる人はすごいと思う。

「3」の「ごまかさない」について。ほとんど「2」と似たようなものだが、坂本さんは様々なプロジェクトの中心というか、トップにいる人だから、その人から指示や依頼を受けたら、もしその意味がよくわからなくても「ハイ」と引き受けてしまうところだが、そういう「意味のわからない指示」とか、意見というものがほとんどない。

言い換えれば論理的であるということで、だからこちらが一度の説明で理解できなくても、聞けばきちんと説明してくれる。

ちなみに、ぼくが趣味でやっているプログラミングの世界には「冪等(べきとう)」という概念があって、手元の『Webを支える技術』(山本陽平著・技術評論社)によると、

「ある操作を何回行っても結果が同じこと」を意味する数学用語

とある。(P101)

Webを支える技術 -HTTP、URI、HTML、そしてREST (WEB+DB PRESS plus)

Webを支える技術 -HTTP、URI、HTML、そしてREST (WEB+DB PRESS plus)

坂本さんの指示や外への態度には冪等性があって、こちらでその指示や依頼の意味をすぐ把握できなくても、不明な部分を質問すれば、何を損ねるわけでもなく同じ内容を(別の言い方や説明のあり方を通して)返してくれる。

もしぼくがそうした意図を取り違えてがっつり作業してしまえば、その作業にかかった時間や労力は無駄になるし、その無駄は自分の損害であるだけでなく、プロジェクト全体の損失にもなる。
だから、方針の意図や作業の目的を明確にすることはとても重要で、それが曖昧であってはいけない。

「方針や目的が曖昧であってはいけない」というのは、べつにすべてのそれが具体的で確定的でなければいけない、とかいうことではなく、というかそもそも、人間にそんな先々のことまで見通す能力はない。

ここで言う「避けるべき曖昧さ」とは、「明確なのか曖昧なのかもわからない」ということで、だから、たとえばぼくの方から「それってどういう意味でしょう? もう少し具体的に説明していただけますか?」などと聞いたときに、「いや、じつはそこまではっきり決めていないんだ」と言われたら、それは「「はっきり決めていない」ことがはっきりわかる」という点で、充分明確である。

普段仕事をしていて、「ああ、これはちょっと困るな」と思うのは、その「明確なのか、曖昧なのか」をはっきりさせてくれない人である。
これも結局、上記のマウンティングという人間の性質につながっていると思うが、「わからない」と言わないことによって、自らの立場を保とうとする行為がようするに「ごまかす」ということで、坂本さんとの仕事ではそれがない。

ぼくは常々「冪等性のある人間でありたい」と思っていて、それは「間違えない人間にはなれないが、いつも誠実に対応する人間には成れる。それになろう」ということだ。

「誠実」というのも何だか歯の浮くような表現ではあるが、「なろう」と思って目指せることがそれぐらいしかない。
具体的には、嘘をつかないということ。

嘘をつくと、嘘をつかなかった時にやったこととの整合性がつかなくなる。
それの何が悪いのかというと、周りがこちらの能力を正確に把握することができなくなり、ぼくの能力にまったく見合わない作業を振られる可能性が高まる。

「あいつは能力の低いやつだが、いつも同じ程度に低いから、安心してこの仕事を任せられる」という状況があると思う。それはつまり、生じる損失を安定的に見積もれるということであり、その想定と実際の結果との差が許容範囲内であるということだ。

逆に、「あいつの作業は当たり外れがあって、良いときは比類なく良いが、悪いときは想像を絶するひどさだ」という状況もあって、こういう相手にはおっかなくって大事な作業を預けられない。
前者のように扱われることを光栄だとは思えないかもしれないが、それでも後者のように扱われるよりは良いと思っている。

そのためには、自分の能力や、過去の成果を可能な限りオープンにして、「この人にコレを渡したらアレが返ってくる」という想定をしやすい人間になる必要があり、それを言い換えると、「冪等性のある人間でありたい」ということになる。

初めて坂本さんに会ったのは、たしか2008年の中頃で、梅雨が明け、暑くなり始めたぐらいだったか。

ぼくは編集者の後藤繁雄さんのアシスタントというか、お手伝いというか、そのような立場で南青山の現場に立ち会い、そこで自己紹介をしたはずだ。

気がつくと、それからもう8年が経っている。
その間、坂本さんとは少なからぬやり取りを重ねてきたが、上で挙げたような要素はいつもあった。

それらの要素に共通することをさらにひと言でまとめると、「人を人として扱う」ということになるかもしれない。

それはまた、そうしたことの「逆」をすることによって、自分を偉く見せる、相手を威圧する、といったことを「しない」ということでもある。

すごいと思うのは、それが限られた一時期のことではなく、いつでもそうだということだ。
もちろん人間だから、不安定なこともあるだろうけど、8年間その印象が変わらないのだから、それはやはり坂本さんの本質のひとつだろう。

上で書いたことのくり返しにもなるが、だから信頼できるし、ぼくもまたそのようにして信頼される人間でありたいと思っている。

坂本さんについて聞かれることはあまりない、と冒頭に書いたが、その前に聞かれたのはもう数年前、scholaのテレビ収録に立ち会った際、スタジオで、演奏家のお一人とちょっと立ち話をする機会があって(ライブ演奏のセッティング待ちだった)、何かの話題の流れで、「坂本さんって、普段はどんな方なんですか?」と聞かれた。

今でも覚えているが、ぼくはそこでもほとんど同じことを言った。

「ん〜と、どんなっていうか……ああ、御礼を言いますね」

「?」

「ぼくが何かやるじゃないですか、仕事で。頼まれたこととか、原稿をまとめるとか。そうすると、御礼を言われます」

「はあ〜」

「そういう人って、案外少ないと思うんですよ。でも坂本さんはそういうところでちゃんと感謝の気持ちを伝えるので、ぼくはそういうところがすごいと思うんですよね」

と、そこまで聞き終えて、その人はひと言、

「尊敬してるんですね!」

と、笑って言ったのだった。

ぼくは聞かれたことに答えただけで、自分のことを話したつもりではなかったから、一瞬なんのことだかわからず、「え?」と聞き返したが、どうもぼくの話す様子がだいぶ一生懸命だったようで、それに対する感想のようだった。

この8年にわたるscholaというプロジェクトとの関わりにおいては、ポジティブなことも、ネガティブなことも、それぞれそれなりにあったが、その間ぼくがずっと続けてきたのは、ただ正直に仕事をする、ということだった。

あまりにも正直すぎて、かえって煩わしいとか、手間を増やすとかいった迷惑を各所にかけてきたと思うが(思い当たるふしがありすぎる)、それでも嘘はつかなかった。

上に書いた坂本さんの印象は、たぶんその上に立っている。

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