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信頼とは自動販売機のようなもの

あなたは自動販売機の前にいる。しばらく悩んで、お茶を買った。
ガラガラ、と音がして、取り口からペットボトルのお茶を取る。

ごく普通の、当たり前の光景だが、もし冷たいお茶を買ったはずなのに、熱いコーンスープが出てきたらどうだろうか。

通常は、そんなことはあり得ない。しかし人間同士だと、こういうことは結構ある。

誰かに仕事を頼んで、頼んだとおりに成果が戻れば、人はその人を信用する。
「いいっスよ、できるっスよ」と請け合った人の成果が、納期にも間に合わなければ、質も低いものであったなら、その人は以後信用されなくなる。

それはつまり、お茶を買ったはずなのに出てきたコーンスープであり、人はそのような自動販売機ではもう飲み物を買わない。

その人を信用できるかどうかということは、その人との付き合いを経る中で、その人がつど返してきた内容の積み重ねによって自動的に規定されていく。

それは判断する人間の気分や思い込みに左右されるものではなく、揺るがし得ない事実そのものだ。

僕が誰かを信じることがあるとすれば、それは積み重ねられた事実が避けがたく信頼の発生を要請するからであって、それは宗教ではない科学のようだ。

だからもし、僕が誰かに信頼されたいと思えば、それに届くだけの事実を積み重ねるしかないだろう。