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より簡単な質問に答える(ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』より)

今月初めの記事にも書いたが、

今年(2015年)の正月にはダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』を再読していた。
初めはパラパラと、とくに目的もなくページをめくり始めただけだったが、初めて読んだときと同様に、いやそれ以上の求心力をもって、示唆に満ちた話の数々に魅了され、何日も読み続けた。

その時とくに、あらためて印象に残った2箇所のうち一つを上の記事で書いた。
その続きとして、もう一つのエピソードについてもいずれ書きたいと思っていたが、ちょっと仕事で忙しくしているうちに、さらにもう一つ、あの話もすごかったなそういえば、と思えるものを思い出してしまい、かつ何となく、現在においてはまずこちらを取り急ぎスプレッドすべきではないか、と思ったので先にこれを紹介しておきたい。
(本来次に紹介するつもりだったもう一つの話もとても面白いが、それはまた次に時間のできたときに)

複雑なことにも私たちがなぜ直感的に意見を言えるのか、私から明快な説明を提案しよう。難しい質問に対してすぐには満足な答が出せないとき、システム1はもとの質問に関連する簡単な質問を見つけて、それに答えるからである。このように代わりの質問に答える操作を「置き換え(substitution)」と呼ぶ。ここでは、もともと答えるべき質問を「ターゲット質問」、代わりに答える簡単な質問を「ヒューリスティック質問」と呼ぶことにする。
 
ヒューリスティックの専門的な定義は、「困難な質問に対して、適切ではあるが往々にして不完全な答を見つけるための単純な手続き」である。ヒューリスティックという言葉は、「見つけた!」を意味するギリシャ語のユーレカを語源に持つ。(略)
 
ではここで、表1の左欄を見てほしい。ここに掲げられているのは難しい質問であり、どれ一つとっても、まともな答を出すためには他のもっと難しい問題に取り組まなければならない。
 

ターゲット質問 ヒューリスティック質問
絶滅危惧種を救うためにいくら寄付するか? 瀕死のイルカを見かけたらどんな気持ちになるか?
現在の生活はどのくらい幸福か? 今の自分は気分がいいか?
今から六ヶ月後の大統領の支持率はどの程度か? いま現在の大統領の人気はどの程度か?
高齢者を騙したフィナンシャル・アドバイザーにはどの程度の刑罰を与えるべきか? 金融詐欺に自分はどのくらい怒りを覚えるか?
次の予備選挙に立候補予定のこの女性は、政界でどこまで出世するか? この女性は誰か政界の大物と似ているか?

 
たとえば、絶滅危惧種以外に考慮すべき環境問題や社会問題は、他にどんなものがあるか。幸福とは何か。今後六ヶ月の間に政治はどのような展開になりそうか。他の金融犯罪に対する標準的な判決はどうなっているのか。候補者が直面する競争はどの程度厳しいのか、等々。
 
こうしたことを真剣に考え抜いてから答えるのは、どうみても現実的ではない。だがあなたは、完璧に論理的根拠のある答を出すには及ばない。ヒューリスティック質問に答えても、そこそこ筋は通る。このやり方はときにうまくいく――が、ときに重大なエラーにつながる。
 
右欄の質問は左欄の質問からたやすく思いつくし、答えるのも容易である。瀕死のイルカや金融詐欺に対する気持ち、自分の今の気分、候補者の政治的手腕の印象、大統領の今の人気などは、すぐに思い浮かぶことだろう。ヒューリスティック質問は、難しいターゲット質問に対しても、すぐさま答を出してくれる。

(ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上)』第9章より)

「それって本来答えるべきことに対してではなく、より簡単な別の質問に置き換えて答えてしまっているよね」と思えることが結構ある。

ぼくはそのような時に感情的になって、というかそのことに気づいていない相手に対して恐怖を感じ、静かに我を失ってしまうのだけど、なるほどたしかに、誰もが(あるいは自分は)そういうことをやってしまいがちだよな、と少なからぬ人たちが思うようになったら、そのような恐怖を体験する機会も徐々に少なくなってくるのではないか、という淡い期待を抱きながらこのような記事を作成している。