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沈むビル

allegory

その街の中心には巨大なビルが建っていた。奇妙なことに、頂上はどこまでも高く、雲の向こうまで伸びているようで、それが何階まで続いているのか知る者はいなかった。
さらに奇妙なことに、そのビルは毎日1階分ずつ沈んでいくのだった。昨日まで3階にいた者は今日は2階に、そのまま何もしなければ翌日には地上に降りていた。地上へ着くと、強制的にビルの外へ追い出された。だから周辺には飲食店を中心とする様々な商業施設が栄えていた。

ビルにエレベーターはなく、のぼるにも降りるにも、中央に備えつけられたらせん階段を使うしかなかった。
各フロアには仕事をするための場所が用意されていて、人々はそこで思い思いの仕事に集中するべくビルに集ったが、それらの仕事場を使用できるのはフロアが地上へ着地するまでの間であり、仕事を継続するためには毎日らせん階段をのぼり続けなければならなかった。

各フロアの雑談所には、多様な業種の人々が息抜きのために集っていた。しかしそこで時間を過ごしすぎれば、みるみるうちにフロアは地上へ近づいた。
俺は49階まで行ったんだぜ、と一人の男が言った。「49階? すごいな。俺は20階より先に行ったことがない。さぞかしいい眺めなんだろうな」と、聞いていた男が言った。
「もちろんだ、あんな眺めはそうそうない。あの気持ちは、49階まで行った人間にしかわからないだろうよ」と男は続けた。
しかし、その男も今や3階に辿りつこうとしていた。49階の話を繰り返すうちに少なからぬ時間が経っていた。先を急ごうとする人間を引き止めることにも力を費やした。「もっと話を聞いていけよ。あとで役に立つぞ。何しろ俺は49階の男だからな」と男は言った。「それとも、そんなに俺より上に行きたいのか?」

人の数は上へ行くほど少なくなった。飲食店の数も減り、雑談所に憩う者はわずかだった。そこでは皆自分の仕事場にいる時間が長かったし、そもそも人間の絶対数が少なかった。
毎日階段をのぼることはそれほど困難なことではなく、その気になれば一日に何階分ものぼることができた。しかしどれだけのぼったところで、次の日には1階分沈み、それが毎日続いた。
「いくら頑張ってもしょうがないんだよ。結局地上に引き戻されるんだから。だったら、初めからずっとここで楽しんでいた方が結局トクだよ」と、地上で絶え間ない雑談に時間を費やす者もいた。

そのビルの最も高い階にいるのが誰なのか、はっきり知る者はいなかったが、おおよその見当はついた。広告会社が高みにいる人間と契約し、その人間の顔写真がついた商品のチラシを上からバラ撒かせることが日常的に行われていたからだ。人々は上から降ってきた商品のチラシを手に取り、それが誰であるかを知るのだった。チラシをまく場所が上であるほど受け取る人間も多いから、上にいる人間ほど高い契約金を得た。

人の寿命には限りがあるから、地上へ引き戻される前に死ぬ者もあった。その場合、死んだ時にいた階に彼らの名前は刻まれた。37階で死んだ者の名前は37階に刻まれ、不思議なことに、その名前だけはどれだけ時間が経っても37階に残された。
のちにその階に辿りついた者は、「あの人はここまで来たのか」と知ることになった。それが高みであるほど、かつてそこに誰が辿りついたのかを知る者は少なかった。