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曲がり角の向こう側

11月の最後までscholaの最新刊の編集に追われていた。翌週にはその後始末的な作業に追われた。
入稿の期限は守った。当たり前だよ、と言われるだろうが、当たり前のことをできた、とは誇りたい。
今後はわからない。でも今回はできた。前回も。その前も。でもそのまた前には迷惑をかけた。その前も。

12月に入って、体調を崩した。見事に「もう寝こんでいいよ」と言われてそうしました、という感じ。12/8にはPerl入学式があったけど、それを欠席するほどの深刻さ。

それに前後して、プログラミングの独学を再開した。
再開と言っても、10月末の勉強会には参加しているから、その頃にはまだ余裕があった。問題は11月で、その月にはほぼscholaで時間が過ぎた。他のことはほとんど何もしていない。schola以外の何も。

とはいえ、以前はそんな期間がもっと長かった。それなりに経験を重ね、集中する期間を短く絞り、そのぶん深く奥まで入り込んで一気にやる、というふうにできるようになってきたんじゃないか、と自分では思ってる。
まあ、希望的観測。

おかげで、というか、その前後にはプログラミングの勉強をそれなりに継続できている。
昨日も、おとといも、というか11/30ぐらいから毎日やれている。
体調は崩したけど、キーボードは毎日パタパタ叩いている。ターミナルでスクリプトを実行している。

課題は自分で自分に出している。AをBのようにしたいけど、そのためのCを作れるか? と自分に言って、そのCを作っている。
自分でハードルを立てて、それを飛んでいく感じ。自業自得、じゃない、自家薬籠中、じゃない、自給自足、的な。

Cは「問題のための問題」ではなくて、毎日のように自分で使っている具体的な何か。確実に人生に関わる、普段の作業を何らか自動化するようなもの。
といっても、それがいいことだから、とかではなくて、「問題のための問題」を作る力がないからそうならざるを得ない。

今まで何度かトライして、「やっぱりどう考えても無理なので、諦めて、今回は次善策でいこう」としてきた課題があって、それが今日ついにできた。
模範解答などないから、自分で考え続けるしかない課題。それができた。

自分でびっくりした。正規表現と、ループとif文を組み合わせて、今まではそれらの組み合わせだけではどうしてもできない、他の誰でもできないだろう、というか他の人がこれをやりたいと思ったときどうするんだろう? というかこんな難問そもそもナイかもしれないな、とか思っていたそれが普通にできた。

遠くから、好きな山を眺めて「あそこに行ってみたいな」と言う。隣にいる誰かが、「無理だよ。だってあの流れの速い川の向こうにあるんだよ」と言う。
たしかにぼくは泳げないし、川の近くには橋もないらしい。

「行ってもしょうがないよ。山は遠くから眺めるから綺麗なんだ。もし近くに行けたとしても、汚ない山肌を見て幻滅するだけさ」とその人が重ねて言う。
そうだろうな、とぼくは思う。

でも、今いる場所から川のそばへ一歩近づくだけなら出来るだろう。そこからもう一歩近づくことも出来るだろう。仮に川を渡れなかったとしても、その手前まで行くことなら出来るだろう。
「どうせ渡れない」のだとしても、そこまで行くことは出来るだろう。幻滅だろうが絶望だろうが、生きているうちにしか味わえない感情だ。今この場にこのままいるよりはいい気もする。

そう思って、川のそばまで行くと、そこで初めて、向こう岸まで渡してくれる船が出ていることを知る。「こんなのあったんですね。知りませんでした」と船頭に言ったら、「ここに来なきゃわからないんだよ」と言われる。

遠くから見ていると、行き止まりにしか見えないところがある。でも近くに行くと、その向こうに、抜け道があることもある。本当にどうしようもなく行き止まりなんだ、抜け道も、脇道もない、完全な行き止まりなんだとわかったとしても、それは遠くから見て想像したそれとは意味が違う。

そこが本当に行き止まりなのかどうか、遠くからではわからない。曲がり角の向こうに何があるか、近くまで行く必要がある。