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最近の出来事:schola、タスク、Perl

今日は朝にちょっと資料関連の作業して、午前のうちにそれにともなう図書館行脚、そのまま電車に乗ってcommmonsへ。
昼過ぎに到着してスタッフ氏とひたすら作業、作業。途中でスタッフ氏が会議で抜けてその間ずっと作業。
会議から戻った氏と合流し再び作業、作業。18時半過ぎ、宅配便の集荷ギリギリで成果物を送付。
帰途、『雅なPerl』再読のつづき。電車では座れなかった・・。帰宅後、成果物の送付先にメールで報告。
これ以上ないぐらい疲れた・・そういうスポーツのような。こんな経験できるのは幸福だろう。充実、これもひとつの。

予定していたことは、やや遅れぎみではあれ進んでいる。止まらなければ大丈夫。トヨタとかの製造工程の映像によく出てくる、ベルトコンベアに乗りながらクルマを組み立てていくあんな感じに近い。ベルトコンベアの上できっちり作業を進めていけばちゃんと終わる。しかしベルトから下りることだけはしてはいけない。一度下りたらその分を取り戻すのは難しい。

プログラミングの勉強にも別次元で似たようなことを感じる。今日はこれ以上わからない! 無理! と思って休むのはいいが、放っておいて進むことは何もない。何もしなければ分からなかったところまでで止まっているか、あるいは大抵の場合はそれより悪くてどんどん忘れていく。逆向きのベルトコンベアに乗っているようなものだ。仕事ならば毎日いやでも触れるだろうが、趣味ってやつは誰にも強制されないぶん自分から何度も痛い目に会いに行かなければその先には進めない。
分からないことや自分を駄目だと認識したりすることや単に体が疲れること、あるいはその間に仕事が進まないことなど、趣味でありながら上手くいかないことはつらいものだが、それを必要だと思うならやってはいけるだろう。

先週土曜にはPerl入学式。それで一日つぶれることは前からわかっており、今日火曜は上記のように出張作業があるとも分かっていたから、それまでに出来るだけのことは進めつつ前夜には何とか予習を完了して臨み、しかし懇親会は諦めて早々に帰りそのまま今日のための準備に励んだ。
関係資料を昨日月曜の夕方にはcommmonsへ発送しておかなければいけなかったから、日曜はまるまるそのための作業をした。
続いて月曜も一日作業・・というのもかなり曖昧だがそれ以上リアルに言ってもとくに共感されづらいだろうしメリットが見えないから書かないが、集中した、とても。夕方にcommmonsへ予定通りそれを発送して、その後今日のための残りの作業をいくつかやって、寝る前(夜の1時ぐらい前後)にPerlの復習をいくつかした。
http://note103.hateblo.jp/entry/2013/10/22/022800
http://note103.hateblo.jp/entry/2013/10/22/014956
http://note103.hateblo.jp/entry/2013/10/22/014453
http://note103.hateblo.jp/entry/2013/10/22/012103

Perlの面白さは「土台」になりそうなところ。これで何でも全部できる、と思っているわけではない。プログラミング入門に向いているかどうかも知らない。たんにしかし、これをある程度十全に理解できるなら他のことにも歩みを進めていけるだろうとは思ってる。
プログラミングをしようと思ったのは、やってる人が楽しそうだから。そしてそれをもって人生を楽しみたいから。楽しく生きたいから。「楽して生きたい」の「て」を「く」にすればそうなる。似たようなものだ。楽しく生きたい。それが唯一の目的だ。

Vimを始めてそれに慣れたことでたくさんのことが効率化された。矢印キーをほぼ触らずに済むようになったのは何しろでかい。マウスは数年前からAppleの外付けトラックパッドに変えて、なんで今まであんなものずっと持ち上げてたんだろ? と思ったが矢印キーはそれで言うマウスに近い。便利だと思っていたが、やめてわかる。重かった。 
#詳細はあらためて記事書きます・・。

マルチタスクが苦手だった。以前に何度かschola以外の仕事を向けてもらったことがあったが、どれも中途半端で上手く行かなかった。でも少しずつ変わってきた。scholaのスケジューリングと作業を厳密に管理し始めた。『リーン・スタートアップ』という本に影響され自分なりに応用していった。なんでそんなこと? っていうようなどうでもいいレベルのデータを地味に採集して足場にした。誰にもわからない。でも自分にだけはわかる。それは必要な作業だった。出来上がってから、よくこんなの作ったね〜と言われるたぐいのそれ。誰も助けてくれない。それが当然でそれでもやるのが前提。
自分でハードルを立てる。それを並べる。それを飛ぶ。倒したら直す。高さを調整して、また飛ぶ。倒したら直す。それを続ける。

Perl入学式では校長のpapixさんが、自分がいなくても回るシステムができればいい。そうしたらいつ死んでもいい、と言っていて気持ちはわかった。プログラミング勉強会の主催の気持ちはわからないが、ぼくも1000人規模のボランティア組織のマネジメント層だったから。その時に思ったのは、くだらない非合理が起きづらいシステムを普及、浸透させることが自分の役割だということ。人は個人個人が有能でも束になると馬鹿になることがある。思っていても同調圧力を感じて言えないことがある。そのせいで全員が無駄なことをする羽目になることがある。そういう機会を減らしたいと思った。偉い人がちゃんとした判断をしなくちゃいけない。
しかしYAPCの牧さんも言っていたように、優れたシステムだけでは足りない。それを運用する人も必要だ。両方のことを考えなければいけない。それは「両輪」ではない「両足」だ。右足と左足が交互に出る。どちらが先でも構わなくて、しかし同時には出なくて、どちらも必要だ。まともなシステムがなければまともな作業者は残らない。

明日もやることは多い。やや遅れぎみだが止まらなければ大丈夫、のはずだ。