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『ファスト&スロー』読み終えた

昨日は岸野さんの恒例イヤーリー(年1回)Liveイベントでスカートやチャン・ギハの他なんと昨年に続きシークレットで来日中のスパークスまで出てきて大変堪能した。打ち上げでは皆で同夜から放送開始されたスコラTV第3シーズンの第1回に登場された岸野さんakaヒゲの未亡人を見るなどしてまれに見る狂騒を楽しんだ。しかしそれらが濃厚だったせいか明けて本日は朝から調子が悪くて、今はだいぶ回復したけど基本一日臥せってるうちにつぶれてしまった。

その間に出来たことといえば昨日のスコラの反響をTwitter検索で追っかけること、スコラアカウントから再放送予定を呼びかけること、そして以前にも少し紹介したダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』の続きを読むことぐらいだった。
そしてそのカーネマン本、上下340Pずつの長尺本だったけどようやくほぼ読み終えた。ぼくは「読了」って言葉があまり好きではなく、缶ビール飲み切るわけでもないのに、本の頭から終わりまで目で字を追ったぐらいのことで何かを得られるとでもいうような安易なイメージが感じられるその言い方って変じゃないかなあ、と思っていたけど、確かにこういうときにはそういう言葉を使いたくなる気持ちはわかるような気はした。

心理学的なあれこれを経済学などに統合というか生かしたのがカーネマン先生のようだけど、書かれていることはどれもこれも「あるあるネタ」みたいのばっかりで、挙げられる例はどれも身近だし、同時にいろいろラクになれるきっかけばかりであるような気もする。これを読んだあとだと、ものすごい憤りや、自己嫌悪みたいな感情に一気に飲み込まれてしまいそうな時でも、「ああ、ちょっと待てよ」みたいに一時停止してその場から離れて自分を検証。みたいなことがしやすくなる気がする。
たとえば自分だけが損を被っているように感じられたり、なんであいつはこんな簡単なことも分からないんだ?みたいな他人へのストレスを感じたり、そういう「悪いことは全部他人のせい(または自分のせい)」みたいな捉え方をちょっとはしづらくなるんじゃないか、いやそんな劇的に変わるようなことではなくても、もし今後もそういうことに気をつけようと思えるならそのときは助けになるかもなあという感じの。

といっても書かれていることはべつに、感情的なことや脊髄反射的なものがすべてアウトという話ではなく、また熟慮さえできればいいんだから、というようなことでもなく、ただ今までとくに理由もなく思い込んでたことの少からざる部分がじつは無根拠で、でもそう思い込んでしまうのもまた人間ならではのしょうがなさみたいなものゆえだったのかなとか思えたりはしてくる。
愚かなことをする他人を見たときに、それを多くの場面ではその個人の特性に依拠した行為だと自動的に思いがちではあったけど、果たして本当にそうか?みたいなことを思えるきっかけであるような。

とくに誰に薦めるということでもないが、ほぼ読み終えた記録的にいちおう。
Kindle版のリンクを貼っておきます。

ファスト&スロー (上)

ファスト&スロー (上)

ファスト&スロー (下)

ファスト&スロー (下)