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ヒッチハイク・ボランティア

沖縄に住むひとが、北海道に向けてヒッチハイクをする。通りがかるドライバーは束の間の旅をともにし、やがて自らの目的地へ走り去る。次のドライバーがまた彼を(あるいは彼女を)のせて、それが繰り返される。ついには沖縄から北海道へと続くうねうねとした一本の線ができあがる。

ボランティアとはそのときドライバーのようなもので、大きな、いつ終わるともしれない目的を小さく積み重ね達成するために、自らに見出した微かな余力をつないでいく営みだと言える。
それはけっして、「最初に沖縄で乗せたからには、責任をとって最終目的地まで連れていかなければならない」というような、大層な義務を負うようなものではない。もしそのようなものだったら、わずかであれ手伝えたはずの人も、責任の重さにひるみ手を挙げなくなってしまう。

ボランティアとは低リスクで行えるものであったほうがいい。悪意のない範囲で、無責任にできるほうがいい。ヒッチハイカーが何を目的にしているのか、最終的にどこへ行きたいのか、なんてことをドライバーが知る必要は必ずしもない。「少しでも北東へ進みたいのだ」と言われ、今いる場所よりは東へ向かうひとが、そしてその人を乗せる座席の余裕のあるひとが、ただそれだけの理由で乗せてやるのだとしても、ヒッチハイカーにとっては充分にありがたいことであるはずだ。

このときに大事なことは、気持ちすら一致する必要はないということだ。「志」も「心がけ」も、あればそれに越したことはないが、最優先事項ではない。「どのような気持ちで取り組むか」は、「何をするか」に及ばない。具体的な行為が、お互いを補い合えるならそれでいい。