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なぜライブにいくのか

「ああ見たいイベントがあるけど時間がないな〜、Ustとかやらないんですかあ〜?」みたいな話がたとえばTwitterを見ているとよくあって時々同感だが、基本的にはやはりライブの現場とUstなどはまったく別物で、現場に行くっていうのは発信者の一部になるようなもので、だから連帯感みたいのがある。音楽のライブなら演奏者の一部になるようなもので、終わったら「終わったね!おつかれさま!」とステージの上の誰かと肩を叩き合いたい感じになるし、場合によってステージ上の誰かもそう感じているだろう。
Ustとかは結局「体」が自分の会社なり家なり、自分の場所にあったまま意識がパフォーマンスの現場にある状況で、だから受信側の側面のほうが大きい。
どっちがいいとか悪いとかではなく、そこには「作る側」かそれを「見る側」かの違いがあるということだ。

だからたとえば音楽が今後無料に近づいて、ライブやグッズ販売でその収益をカバーしていきましょう、なんて話になったとしても、その「ライブ」というのが単に「CDとかで聴くより良い音で、演奏者の近くで聴ける」なんてそんな貧しい点をメリットに打ち出すなら先はない。なぜならライブに立ち会うことにはそんなことではない、「一緒に作る喜び」がある。一定程度の成果を前にして、おつかれさま!と言い合える可能性がある。それが尊いとかではなくて、たんにそういう事実があるからそういうのが欲しいひとはそれをやればいいという話。
と、ここまで書きながらたしかに、たとえばネットからの参加であっても、コメントをつけるなりつけなくてもViewerの1ポイントに入っているというだけで現場に影響を与えたり、あるいはそれを見ている者同士の場が生まれそこに、参加しまた何かを生み出し合うということはあるよなと思ったが、それはそれ上記と矛盾することでもないいくつかのディテールのひとつということになるだろう。