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いつかは返すペン

その会場の入口で我々はペンを渡される。すでにキャップは外されていて、インクがどれだけ残っているのかを知ることはできない。割りあてられたテーブルへ誘導され、それから僕らはひたすら円を描き続ける。好きな大きさの、好きな感じの円を描く。いくつ描いてもいいが、描くのはラクではない。紙は何枚でも、そしてどんな大きさでも用意してもらえる。しかし大きな円を描くのは大変だから、小さな円を繰り返し描いてしまったりする。描いてしまったりするが、それはそんなに面白くない。小さな面白さが積み重なるだけだ。描くなら大きな円を描きたい、と思う。しかし大きな円を描けば、フィニッシュが先になる。遠くなる。あとになる。フィニッシュは気持ち良いから、小さな円をたくさん描きたくなる。間違っていない。それで構わない。しかしそれを描きたいわけではない、ことが多い。だからある程度の計画を立てて、僕らは(あるいはぼくは)大きな円を描こうとする。
あるとき、インクは音もなく尽きる。描かれつつあった円はまだ途中で、閉じていないただの曲線だ。スペアのペンは与えられない。連れてきてくれたのと同じ、案内の人間がぼくを出口まで誘導し、そこでペンを回収する。そこで彼は(あるいは彼女は)言う。「好きな円を描けましたか?」
そのとき、僕はなんと答えるだろう。