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auからかかってくるフリーダイヤルの勧誘電話(固定電話→出なければ数秒後に携帯へ)

2011年の震災から少し経った頃、それまで使っていたiPhone/ソフトバンクの契約を解除して、それから1年半ほど携帯のない生活をしていたが、iPhone5が発売されたタイミングで再びiPhoneを購入した。
この時には新たなキャリアを試してみたくてauにした。

しかしその後、フリーダイヤルから家の固定電話に、それまではなかった勧誘の電話がくり返しかかってくるようになった。
うちはナンバーディスプレイにしているから、フリーダイヤルだとわかればまず出ない。ほぼ100%勧誘だからであり、もしそうでなくても留守電に切り替わるので、そこで用件を入れることができる。

その勧誘電話には奇妙な特徴があり、まず固定電話のほうに出ないでいると、留守電に切り替わるのと同時に切れてしまう。そしてその数秒後に同じ番号からiPhoneへかかってくる。
この「数秒後に」(あるいは「直後に」)という点が非常に変わっていると感じる。そのようなことをしてくる相手が他にないので、いやでも印象に残る。
さらには、向こうとしてもとくにそれをマズイとも隠したいとも思っていないのか、毎回同じ番号からかかってくる。それがまた奇妙だ。

その番号で検索すると、どうもauの回線の勧誘らしい。先に固定電話にかかってきて、留守電には吹き込まず、切れてから数秒後に携帯へかかってくるという方法も同じなので、同じ相手であることは間違いないだろう。

auがそうした勧誘をどう認識しているのかは知らないが、迷惑である。それに(というかそれ以上に)、気味が悪い。
そもそも、その業者に対してはもちろん、auに対しても自分の携帯電話の番号をそのような勧誘に使ってよいとは許可していない。

初めのうちは、そのような現象が物珍しくも感じられ、「変わったことをするものだな」と傍観していたが、あまりにも無邪気にくり返されるので、常識的な対応として今は着信拒否にしている。

これまでに何度か、携帯にかかってきたときに「試しに出て、何と言うか聞いてみようか」と思ったこともあったが、そのつど「こんな異常なことをしてくる人や会社と関わって、良いことがあるはずがない」とか、「少なくとも相手はこちらを自分と同じ人間だとは思っていないだろうから、話したところで自分が傷つくだけだろう」とか思い直し、結局話したことはない。

これからも関わらずに済めば良いと思うし、auからも遠からず離れたい。

『浅草オペラ100年と二村定一リスペクト・ショー』に行ってきた

もう一週間前になってしまいますが、5/8(日)に両国で行われた以下のイベントに行ってきました。
d.hatena.ne.jp

二村定一。名前ぐらいは聞いたことがありましたが、ほとんどその実態は知らず、イメージ的には東海林太郎みたいな感じかとぼんやり思っていましたが、いやあ、全然ちゃいました。

べつにどちらのほうが良いとかではなく、しかし言えるのは、二村さんってむっちゃ現代的。それはモダン……というより、ほんとに普通に「現代的」というか、その辺を歩いてる兄ちゃんみたいな……ほらあの人、松山ケンイチ? みたいだなあ、って。
基本的には軽い明るい雰囲気なんだけど、でも本当のところは何を考えてるのかちょっとわからないような不穏さもあって……という、そういう今っぽさを感じました。

で、そのイベント、後半では二村定一がメイン的に出てくるのですが、それを踏まえる大事な前提というか、当時への想像力を高める話として、イベント前半では浅草オペラの話をこれでもか! というぐらい濃厚に聞かせてもらいました。

ある意味、その浅草オペラの部分だけでも充分イベントになるのでは(笑)というぐらいの濃密さ。

そしてこのコーナーのメイン的な解説者が、1987年生まれの気鋭の研究者・小針侑起(こばり・ゆうき)さん。もう凄まじいしつこさと愛情の奔流で新著をものにされています。

あゝ浅草オペラ: 写真でたどる魅惑の「インチキ」歌劇

あゝ浅草オペラ: 写真でたどる魅惑の「インチキ」歌劇

正式には明日発売? のようですが、会場で先行販売されていたので、ぼくも購入してサインしてもらいました。で、そのまま会場でパラパラめくりながら、とにかく写真がすごいなあ〜と思っていましたが、その後のトークによれば、それら図版はすべて一次情報。つまりどこかで使われていたものの転載とかではなく、ご本人があちこち探して回ったものらしいですね。

いやあ……ぼくもscholaで図版や音源の許諾作業、ほんとに大変な思いをしているので、それを聞きながら「ふえ〜」と感嘆しました。それはすごい。体力がないとできないですね……敬服します。
まだまだネタはおありでしょうから、2冊め、3冊め、どんどん世に出して頂きたいです。

今回のイベントは第1部のトーク、第2部の映像&ライブ(実演)という構成でしたが、実際には第2部が「映像コーナー」と「ライブ」に分かれた全3部構成、みたいな感じだったでしょうか。

じつはというか、ぼくは今回のイベント、2日前ぐらいまで知らなくて、たまたまTwitterでフォローしています和田尚久さんが以下をRTされていて、それで知ったという。


さらにというか、普段だったらこういう情報を見てもそのまま見過ごしていたかもしれないのだけど、ちょうど今関わっている(上でもちらっと言った)schola(スコラ)という坂本龍一さんの音楽全集の編集仕事でも、そのうちこの辺りの時代に触りそうだな……という感じがあって、二村定一とか、エノケンとかを調べつつあったところだったので「お〜、これはすごいグッド・タイミング!」と思って急遽行くことにしたという。

で、そういう経緯だったので知らなかったのだけど、このイベントって大谷能生さんがかなり関わっていて。
って、初めてこのブログを読む人は当然知らないと思うのですが、ぼくは8年ぐらい前に大谷さんとこういった本を共著で出していまして。

大谷能生のフランス革命

大谷能生のフランス革命

なので、あ、大谷さんも出るんだ! と後から知って驚きましたね……しかもというか、会場に行ってみたら上記以外にも知り合いに3名ほどお会いしましたし……いったいどんなイベントなのか。

しかし大谷さん、トークを見てもライブの進行を見ても、その本を出した頃から本当に変わらない……フランス革命(同書のもとになったイベント)を見ているのかと思うぐらい当時の雰囲気が思い返され、もちろん変化したところもたくさんあるのでしょうけど、お客さんの立場から大谷さんのイベント見るの久しぶりだったので(何年か前に松本亀吉さんのロフトプラスワンでのイベントを見たとき以来?)ぐぐっと時間旅行したような感覚すらありましたね……ある意味新鮮。

ライブと言えば、青木研さんのバンジョー、すごかったです。正直、バンジョーってぼくのイメージでは、ウクレレとギターの中間ぐらいの音の楽器? みたいなあまりにも雑な認識で、個性はあるけどどんな役割なのかわからん……という感じだったのですが、そんなぼんやりした印象が一気に塗り変えられました。

とにかくすごい存在感。それは青木さん自身の役割の大きさのせいでもあったかもしれないですが、どちらかというとギターよりベースに近いような、バンド全体の方向を決めるような重要な位置にありましたね。

それから、同じく演奏チームの渡邊恭一とザ・スインガーズ。ライブコーナーの後半で、同バンドのみで「Lover, Come Back to Me」をやったのですが、とても良かった〜。ピアノのソロなんて超カッコよかったです。

歌い手の山田参助さんは漫画家でもあって、というかぼくは漫画のほうで先に知っていたので、「うわ、歌も本格的だな……」とそっちのほうで驚きました。
漫画の方は知人が以前にFacebookで話題にしているのを見て知ったのですが、絵がとにかくカッコよくて。エゴン・シーレみたいなカッチリした線と色、というか……非常に好きな感じなのですが。

なので余計、歌のほうは趣味が高じて、という感じかと勝手に思ってしまっていましたが、全体に完成度の高いパフォーマンスで、リラックスして楽しめました。

第1部のトーク、第2部の映像コーナーも大変な充実度で、これもそれぞれに楽しみました。

第1部のみご登場の片岡一郎さんはほんとに喋りのプロ、という感じで、安心して聞いていられる感じがありましたね。その意味でもイベント全体が片岡さんの語りで始まったのは良かったように思います。

そして毛利さん、むっちゃ話が上手い(笑)。お名前は以前から知っていましたが、ご本人を見たのは初めてで、ぼくはもっと年上の方かと勝手に思っていたのですが、実際には大谷さんとほぼ同じ……というか同い年? でしょうか。お二人とも専門がちょっとカブるようで、でもキャラクターがけっこう違って。大谷さんはポイントを定めてココ、ってところでコメントを突いていくんだけど、毛利さんは水がワサーッと流れていくようなすごい流麗さ。止まらない(笑)。

そして毛利さんは大体、作品の発表年に言及するときに「6月ですね」とか月まで言うのがすごいな〜って。
で、そのときは単に「月まで答えてる!」とウケていただけでしたが、後から考えたら、当時の映画って今に比べたらすごいスピードで、同じ役者でも年に何本も公開されているから、月単位で把握する必要が生じるのかなあ、とか思ったりもしましたが。
いや圧倒されました。

それから第2部の佐藤利明さんによる映像進行、むちゃくちゃすごかった。映像の内容もすごいんだけど、かなり緻密に構成されていて、あれ自体が一本の映画のようで。本当に貴重な経験だったなあ、と。
全体が起承転結みたいになっていて、そのせいでとくに終盤、ちょっと泣きそうになりましたもんね……とても良かったです。

その映像を見ながらちょっと思っていましたが、印象的だったのは女性歌手の発声がどんどん変わっていくというか、とくにあの……なんだっけ、先に海外のミュージカル映画を見て、その後にそれを真似たような、たしか「続エノケンの千萬長者」だったか、同様のシーンが出てくるんだけど、そこで歌われる日本語の歌が、それ以前に比べてすごく上手くなってる!
「それ以前」というのは、第1部で聴いた浅草オペラの時代も含めて、なんだけど、そういう初期の頃ってなんだか女性の歌がちょっとヤケになった感じというか、とりあえず高音で大声だったらOK!みたいな、近いのはゲルニカ戸川純さんみたいな、聴き方によってはギャグみたいに聞こえるような歌声なんだけど、上記のミュージカル風の映画の歌っていうのはもう全然ギャグにならない、普通に「おお〜」って感動してしまうような歌で。

これ、何が違うんだろう、何が原因なんだろう……? としばらくその映像を見ながら思ってしまったんだけど、やはりマイクなんですかね……。トークでもマイクの話題が少しありましたけど。やはり初期の、とりあえず大声じゃないとそもそもお客さんに聞こえないよ! という時代から、もう音量はそんなに気にしなくていいから質のほうを極めようか、みたいになっていった、とかかなあ、とか。
まあ、思いつきですが……でもそのぐらいの洗練された印象を受けました。

あと地味な話ですが、佐藤さんの映像ではつねにその映画の公開年が右下に出ていて、とても参考になりました。
ぼくはなぜか、いつもその映像を見ながら&歌を聴きながら、「この映画って何年頃に作られたんだろう?」ということがすごく気になって、そのたびにちょっと目を下に移すとタイトルと年数が出ているので「ああ、昭和12年か。って早え〜」みたいな、想像力をフルに働かせることができて良かったです。
やはり研究者の方が作る資料だけあって、それに興味を持つ人がどういう部分を気にするか、ということがわかっているのだなあ、と。

そうそう、あとその第2部、こういう感想も持ちました。くり返して書くのもなんなので、そのまま貼り付けますが。

結果的には、イベント全体からすると、そういう二村定一のエッジ感というか、異物感というか、危険性とも形容できそうな要素についてはあまり多くは触れられなかったかもしれないんですが(イベント前に見たフライヤー等から受ける印象としては、そういうヤバイ空気みたいなものを多く感じ取っていたので)、でもそのエッセンスというか、貴重な片鱗に触れることができたと思っています。入口に立てたというか。

しかし二村定一……本当に魅力ありすぎですね。すごかった〜……。

さて最後になりますが、第1部の登壇を含めて、イベントを主催されたぐらもくらぶの保利透さん、大変おつかれさまでした。とても面白かったです。

会場もちょうどいいぐらいの広さで、見やすくて、あとライブもマイクの音が大きすぎなかったので、楽器や参助さんの生の声が届いてくる良い環境で、あんなに長時間だったのに最後まで他のことを考えずに楽しめました。

あらためまして、このイベントに関わられた皆さんに感謝します。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』第23章「外部情報に基づくアプローチ――なぜ予想ははずれるのか」より

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』は気が向くたびに読み返す。示唆に満ちた本である。
とくに、第23章は気に入っている。本書を全体的に好きだが、この章にはとくに心惹かれる。

これまでこのブログではけっこう同書の抜書をしてきたが、不思議と同章の抜書がなかったので少し書いてみる。
以下は同章の最初の節。この次の節と、最後の2節も好きだが、なかなか骨の折れる作業なので(とはいえ得るものも少なくないが)とりあえずここだけ。

 エイモスと共同研究を始めてから数年後、私はイスラエル教育省の役人を口説き落とし、判断と意思決定を高校生に教える必要性を認めさせた。そして、そのためのカリキュラム作成と教科書執筆に着手する運びとなった。そこで私は、適任者のチームを編成し、ベテランの教師や私の教え子、そして当時ヘブライ大学教育職大学院の院長をしていたセイモア・フォックスなどに声をかけた。セイモアはカリキュラム作成の専門家である。(略)
 
 ある日、計画の中のいくつか不確実な要素を確認している際に、私はふとある実験をやってみようと思いつき、メンバー全員に、教科書の最終案を教育省に提出するまでに何年かかるか予想して紙に書いてほしいと頼んだ。(略)私は紙を回収し、結果を黒板に書き出した。全員の予想は、二年を中心に狭い範囲に集中しており、最短で一年半、最長で二年半である。
 
 そこで私はまたまた思いつきで、カリキュラムづくりのエキスパートであるセイモアに対し、これまでに私たちと似たようなチームがゼロからこの手のプロジェクトに臨むのを見たことがあるか、と質問した。(略)セイモアは相当数見たことがあると答えた。そうしたチームの成り行きをこまかい点まで覚えているだろうかと重ねて訊ねると、いくつかのチームはよく知っているという答である。そこで私は質問した。「では、そうしたチームがいまの私たちの段階まで進捗した時点を思い出してほしいのです。この段階から教科書の完成まで、何年ぐらいかかりましたか」
 
 セイモアはしばらく黙ってからようやく答えたが、その顔は紅潮しており、自分で自分の答に困惑しているように見えた。「そうだな、このことにまったく気づいていなかったのだが、正直に言うと、われわれと同じような段階に到達したチームの全部が全部、プロジェクトを完了したわけではない。かなりのチームが、完成に至らなかった」
 
 これは懸念すべき事態である。私たちは、失敗する可能性など考えてもいなかった。私の不安は募った。いったいどのぐらいの割合で失敗に終わったのかと訊ねると、おおよそ40%という返事である。いまや部屋中に重苦しい雰囲気が垂れ込めた。次に質問すべきことははっきりしている。「では、完成したチームは何年ぐらいかかりましたか」。これに対する答はこうだった。「七年以下というチームはなかったと思う。だが、十年以上かかったチームもなかった」
 
 私は藁をもつかむ思いで訊ねた。「これまで見てきたチームと私たちを比べて、どう評価しますか。私たちのスキルやリソースは、どの程度のランク付けになるでしょうか」。セイモアは、今度は躊躇なく答えた。「われわれは平均以下だ。だが、大幅に下回っているわけではない」。いやはや、全員にとって驚天動地の出来事である。全員、というのはセイモアも含めてだ。セイモア自身の予想も二年半以下の範囲に収まっていたことを忘れてはいけない。私が質問するまで、彼はこれまでの経験といまのチームの将来予測とを結びつけて考えようとしなかったのである。(略)
 
 私たちは、その日のうちに打ち切りにすべきだった。40%の確率で失敗するプロジェクトにさらに六年以上費やす気など、誰にもなかったのだから。しかし私たちは、そんなにがんばるのはばかばかしいと感じてはいたものの、不吉な情報を知ったからといって、すぐさま尻尾を巻いて退却すべきだとも思わなかった。支離滅裂な議論を数分間戦わせたのち、私たちの意見は一致した。なかったことにして進めよう、と。最終的に教科書は、八年後(!)に完成した。その頃には私はもうイスラエルに住んでいなかったし、そのだいぶ前にチームを離れていた。メンバーは予想外の幾多の試練を乗り越えてようやく完成させたのだが、そのときには教育省の当初の熱はすっかり冷めており、教科書は一度も使われずにお蔵入りとなった。

Webサービスのユーザーヒアリングを効率に行うためのツールの要件を考える

  • 使っているWebサービスに関する感想をあれこれ言うせいか、以前、某サービスのユーザーヒアリングのような機会に呼ばれたことがあるけど、単発の外出というのはなかなかコストが高いので、わざわざ出向かなくても同等の情報提供をできるように、誰でも入れる(あるいは招待された人だけが参加できる)Slackのような場所を作って、そこで対象のユーザーが都合の良いときにいろいろ意見を聞いたらよいのでは? と一瞬思ったが、それでは対応する側のコストが飛躍的に高くなってしまうかもしれない、とも思ったり。
  • 具体的には、チャットだと基本リアルタイムに近いやり取りをしがちになってしまうし、プラスそのような継続的な場に一度ユーザーを呼んでしまうと、その後その関係が半永久的に続いてしまう、という負担が生じそう。
  • そう考えると、むしろ対応する側(Webサービスを提供する側)の負担を最小化するために自社に呼んだりするのかなあ、とも思ったり。
  • とはいえ、それではユーザー側の負担が高いことには変わりないので、折衷案的に、GitHub Issueのような掲示板スタイルの場所、つまりチャットとメールの間ぐらいの非同期感&文字量で使うことを想定した、かつ書き込んだ内容も自由に編集(修正)可能なツールならちょうどいいのかな、と思ったりした。

単純で暴力的な煽動者と、論理的で魅力的でありながら嫉妬を誘発しない存在

  • 単純で暴力的な煽動者に人生を奪われないためには、論理的で魅力的でありながら嫉妬を誘発しない存在がそれより多く目につくようでなければいけない。
  • 単純で暴力的な煽動者を叩いても後者のような人物が増えるわけではなく、むしろ単純で暴力的な煽動者を人目に多く触れさせるという逆効果につながる可能性がある。
  • 単純で暴力的な煽動者を上回る数の、論理的で魅力的でありながら嫉妬を誘発しない存在をどう生み出し、育てていくかということを第一に考えていくべきだろうと考えている。